元同僚とのAI×新規事業の企画が進む中で、方向性の違いが少しずつ表面化していった。 

その違いを一言で表すと、「AIを使いこなす」と「AIの得意領域と人間の得意領域を構造で分ける」という二つの考え方の差だ。

 

「AIを使いこなす」という発想は、人間が主体であり続けることを前提にしている。

どのAIエージェントを使うか、どういうプロンプトを投げるか、どう出力を活用するか。

この発想では、AIは常に人間の指示を受けて動くツールだ。 人間の判断能力を拡張するための手段として位置づけられる。

 

一方「AIの得意領域と人間の得意領域を構造で分ける」という発想は、前提が異なる。 

AIが得意なことは何か、人間が得意なことは何か、その境界を先に定義し、境界に従って役割を構造として設計する。

AIは指示を受けて動くのではなく、特定の判断領域を担う主体として設計される。

この違いがなぜ重要かというと、解決しようとする問題の性質が変わるからだ。

 

スケジューリングを例にとると、「AIを使いこなす」発想では、管理者がAIに「この条件で時間割を考えて」と指示し、出力を確認・修正するという使い方になる。 

これは管理者の判断負荷を変えない。

 問いの立て方が変わっただけで、構造は変わっていない。

 

「構造で分ける」発想では、管理者が行っていた「複数の制約条件を同時に処理して配置を決める」という判断そのものをシステムが担う設計になる。

管理者の役割は条件を登録し、結果を確認して承認することに変わる。

この設計がshiftect.の出発点だ。

 

元同僚はAIエージェントとプロンプトの方向を考えていた。

私は判断領域の構造設計を考えていた。

 

この二つは180度違う方向だった。

どちらが正しいかではなく、解こうとしている問題が根本から異なっていた。