前投稿では葛飾北斎の天才について書きました。

浮世絵の世界で巨匠と呼ばれる人物は何人もいますが、

私は、葛飾北斎、喜多川歌麿、歌川広重が3大巨匠と思っています。

今日は私の住む山梨県甲府市に縁の深い、歌川広重という天才についてです。


歌川広重の作品は、海外では大胆な構図とともに、特にインディゴという藍色の美しさで、高い評価を得ています。





この藍色は、フェルメール・ブルーになぞらえて「ヒロシゲブルー」とも呼ばれています。





ゴッホが模写をしたことでも有名な名所江戸百景「大はしあたけの夕立」ですが、

ヒロシゲブルーは、19世紀後半の印象派の画家たちや、

アール・ヌーヴォーの芸術家たちに大きな影響をあたえたとされています。

たしかにこのようなブルーの使い方は、現代に生きる私たちデザイナーの見本になっています。



また広重といえば「東海道五十三次」ですが、この絵は53枚ではなく、出発点の江戸日本橋と終点の京都三条大橋を含めて、55枚あります。





人気沸騰し刷りすぎたたために、木版が傷んでしまい、2版目を作ったものもあり、

日本橋も初版と2版目では、ご覧のような違いがみられます↓







広重はこのように「不二三十六景」や「名所江戸百景」など、ガイドブック要素の強いものも得意としていました。

きっと江戸の人たちは、この絵を観ながら、自分も旅をしているという感覚に陥ったことでしょう。




さて、私たち甲府のものには、広重といえば「幕絵」です。

江戸幕府直轄領時代の甲府では、華麗な幕絵を飾った盛大な甲府道祖神祭礼が行われており、

甲府商人の経済力を背景に江戸から広重ら著名な絵師が招かれて幕絵製作を行っていました。





広重は甲府の町人から幕絵製作を依頼されます。

江戸から甲州街道を経て、幕絵製作のため甲府に滞在していました。

この記録が『甲州日記』に記されています。

甲府での芝居見物や接待された料理屋の記録など、近世甲府城下町の実態を知る記録資料としても重視されています。

幕絵は東海道の名所を描いた39枚の作品で、甲府城下町の各店頭に飾られ、祭りを賑やかに演出したといわれています。

その場所こそが、私たちの地元です。

Ⓒ山梨県立博物館


まだ百数十年前の甲府の城下町は、このように賑わっていたのですね。

歌川広重は、ヒロシゲブルーとともに歴史の証人として、

私たちの心に生き続けています。