スタジオシフトの深澤竜也です。


4年前の過去の日記からの再アップです。


死別父子家庭ならではの悩み...すでに娘達は怒られる年齢を超えているけどね。




私は怒っているのか叱っているのか?


父子家庭としてある種特殊な環境の中、娘達とどのように向き合えばいいのか? 


悩む事もしばしばあります。

常々、怒るのでは無く叱る親になりたいと思っています。


『感情では無く、理として子供に正しい事を伝えたい』

それは怒るという単語に、「ヒステリックにギャーギャー喚き散らす」イメージがあったからかもしれない。

冷静さを失わず、子供に懇々と説いて理解させたいと思っていたからです


現実にはどうだろう?


妻の命日の前日、娘が成績表を持ってきました 。


最初、普通に話しをしていた私が、ある瞬間から完全に怒りました。


どうみても悪い成績をとってきた娘に対し、


勉強不足を指摘し、

「部活を一生懸命やるのもいいが、学生の本文は学問にある」ことを伝えていました。


その時に娘が私に言った言葉・・「どうせやってもできないから」「高校は自分の行けるところに行くからいい」・・・などなどグチグチ


これで私は切れてしまいました。


「努力もしてない奴が言い訳がましいことを言うんじゃない」

「お前は部活で負ける事は悔しいだろ、勉強だって同じだ、出来なくて悔しいという気持ちをなんで持てない」


「努力をしてないやつに、最初からあきらめているやつに行けるレベルの高校なんてない」

これは完全に感情的になっていますね。



この後冷静になって、本当はまだ見せたくなかった高校の偏差値ランキングを出し、

「お前の本当に行きたい学校はどこだ?」と聞き、その学校の合格ラインを示し、

今、娘がいるラインを示しました。


自分がいる位置を正確に理解させたかったからです。


一年生には酷だったかもしれないけど、

この時は自分がどれくらい努力しなければいけないかをわからせたかったんです。




怒った事を少々反省しながらも・・・


でも子供がこの年齢になってわかった事もあります。


怒る事によって親の意思をブツける事も必要なんじゃないか?ということです。

親の真剣さを理解させるためには怒る事が必要な年齢もあるんじゃないかってことです。

放任主義を語って責任逃れはしたくないし。




・・・結局、怒ることも叱ることも必要なんですよね。

その意味を解っていればね。




ちょっと怒った事に対して、自己弁護の日記になっちゃったかな?








・・・・・・娘達はこの後、志望校に無事合格しました。

最後まで諦めずに、粘りぬいてくれました。


この時の考え方とは多少変化があるものの、この時はこの時で間違っていなかったんだなって思います。