以前に書いた日記をリメイクしたものです。


春は別れの季節であり、出逢いの季節でもあります。

15年前に死別した私の、死別者が通るであろう新しい恋愛観念の過程を記しました。


以下はこれまで私が書いてきた、恋愛に対する死別者の葛藤の日記です。

といっても死別後10年目からの日記なので、死別者特有の苦しみはそれほど感じられないですけどね。



過去の日記1より・・・ (リメイクなので時系列がおかしくなってますm(_ _)m)

>やっぱり考えちゃうんですよね・・・このままでいいのかな?って。
身体障害者の両親も、すでに平均寿命を超え、歩くことさえままならない。
残り少ない寿命の中で唯一の心配は、私のこと。
一人親で頑張ってる姿をみてるだけに何も言わないけど、やはり親としては心配でしょうね

>上の娘は大学に入学し、私のもとから巣立ち、下の娘も間もなく巣立っていきます。
いつかは結婚して、本当に家を出ていくことになるでしょうね。
その時に私が重荷にならなければいいのだけど・・「パパを一人にできない」なんてことは思われたくないし・・・。


>駄目なんですよね、なぜか私まともに恋愛ができないんです。
何人かの方から告白されたりしたけど・・・
妻のことももちろんあるけど、それ以上に愛情が沸いてこない。
だから、相手に失礼なことをしてしまう。
連絡することが面倒だったり、会うことが億劫だったり・・・


>妻が死んで「とにかく10年間は恋愛をしない」と決めていたけど、いや自然とそういう気持ちになっていたのだけど。今年は11年目、もう約束の時間は過ぎたんですけどね・・・


>再婚したいのか? したくないのか? 自分でもわからない・・
たぶん・・・恋をしてないんだろうね。
妻の時と同等の恋愛をしてないからなんだろうね。
そういう相手が現れたら、一気に突き進むかもしれないな・・・




過去の日記2

>私は・・・私は何をしてるんだろう?
妻と作った未来予想図が無くなってしまい、新しい予想図を見つけられないでいる。子供の将来だけは絵を描けるけど、自分のことは何も描けない。
ただただ忙しくして、見て見ぬ振りをしているだけ・・・それが今の自分。



過去の日記3

>私と妻、二人の出会いがこの二人の娘の人生を産み出した。
そして娘達には妻の血が流れている。
「赤い糸」というものが存在するなら、私達は間違いなく繋がっていました。
私達は運命に従って一緒になり、悲しい運命で離れてしまいました。




2009年8月末「愛する人と死別した人」コミュの「新しい恋についての語り場」トピックに書き込んだコメント


>自然体でいること・・・ですかね。死別者の恋愛は難しいです。
子供がいる場合はさらに難しくなります。
それは亡くなった伴侶や恋人への想いが残っているから。
ほとんどがその想いを途中で断ち切られた人達です。
新しい恋愛をすることは、その人を裏切る行為だと思ってしまう。

そしてそれが新しくお付き合いする方には許せないことでもありますね。

子供がいる場合は、自分だけの考えでは進めません。
結婚する場合は、子供も同意しないと家族は上手くいきませんね。
この部分は離別した人にも言えることですけど。

死別した人の恋愛が成就するためには、亡くなってしまった人の影を追い払うのではなく、受け入れてくれる相手の存在が必要となります。

そういう相手は求めても現れないですから、自然体でいたいものです。




2年前に、そんな私を救い上げてくれた女性がいました。


自然体でいました。

自分の心に正直に行動していました。


>死別した人の恋愛が成就するためには、亡くなってしまった人の影を追い払うのではなく、受け入れてくれる相手の存在が必要となります。


たしかにその女性はこのことで苦しんでいました。

彼女も死別者。

「自分なら受け入れられる」その自信があったんだと思います。

しかしその女性でさえ苦しんでいた。

好きになればなるほど苦しくなった。

心の葛藤と闘ってくれていました。







>新しい恋愛をすることは、死別した相手を裏切る行為だと思ってしまう。


葛藤はありました。

私の心の中には妻が住んでいる場所があります。

これは動かしようのない事実です。

しかし15年という時間は私の心を、妻のいるスペースと、新しい女性の入る空いたスペースを区切ってくれました。

年を追うごとに空いたスペースは年々大きくなっていったようです。





>妻と作った未来予想図が無くなってしまい、新しい予想図を見つけられないでいる。


新しい未来予想図を描くことができるようになりました。

もちろん娘達のことを含めた、未来予想図でした。

その女性とは別れてしまったけど、新しい未来予想図は描かれたまま残ってくれました。

これが、彼女が私を救いあげてくれたという大きな理由です。





>「赤い糸」というものが存在するなら、私達は間違いなく繋がっていました。 私達は運命に従って一緒になり、悲しい運命で離れてしまいました。


妻との糸は妻の死によって離れてしまいました。

私の切れてしまった運命の糸は彷徨っていました。
だけど同じように彷徨っている糸とまた結ばれるかもしれない。


そう運命の糸は、自分が生きている限り続いて行くものなのですね。





亡くした伴侶や恋人を一生想い続け、添い遂げることは間違いではないし、美しい心だと思う。


だけど新しい恋愛を迎え入れることも決して間違いではない。
そういう人が現れるたのなら。



どちらかに気持ちを固定してしまう事が不幸なんだと思う。

あるがままに・・・自然体で生きていくのが、一番の幸せなんだと感じます。