スタジオシフト代表の深澤竜也です。


今日は良い天気になってますね。

これから下り坂になるとのこと・・・もう少し粘ってほしいな、せめて明日まで!


今朝は気分が良かったので、10キロほどジョギングしてきました。


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甲府の駅からすぐのところにある「舞鶴城公園」

山梨以外の方は武田信玄の城と思えわれてるかもしれませんが・・・武田家滅亡の後に築城されたものです。

1582年、甲斐の国(山梨)は武田氏の滅亡後、まず織田信長の領国となり、本能寺の変の後は徳川家康の支配するところとなりました。

しかし、豊臣秀吉が天下統一をなしとげると、秀吉の命令により加藤光泰らによって築城が始められ、

浅野長政・幸長父子によって完成をみました。

1600年の関ヶ原の戦い以降は再び徳川の城となり、幕末まで存続しました。



現在では、甲府人の憩いの場になっています。


私もこの地域で生まれ育ちました。

この石垣は、小学校の頃の私達には、度胸試しの場所だった。

大学以降は東京に居たものの、また甲府に戻り、現在でも休日などは散歩やジョギングを楽しんでいます。


そして昨年再開発された甲府駅北口。

武田神社にあった「藤村記念館」が移設改修をされています。

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中学時代は、武田神社にあった藤村記念館で探検をしたものです。

今は綺麗になって、とても探検どころではありませんが・・・。


藤村記念館は、明治8年に巨摩郡睦沢村(現在の甲斐市亀沢)に睦沢学校校舎として建てられたものです。
 

昭和32年までは学校の校舎として、その後昭和36年まで公民館として活用されてきました。

昭和41年、武田神社境内に移築復元され甲府市に寄贈されたものです。

翌昭和42年には国指定の重要文化財となり、

昭和44年から郷土の民俗・歴史・教育・考古資料の展示館として長らく親しまれています。

そして昨年の平成22年10月1日、甲府駅北口に移転し、交流ガイダンス施設として新たに開館しました。



この建物の様式は、山梨県令藤村紫朗が積極的に奨励したとされる擬洋風建築であり、

明治初期から中期にかけ多くの官公舎、学校、商家がこのような様式で建てられました。

県内では、藤村紫朗にちなみ、藤村式建築と呼ばれています。



皆さん、ぜひぜひ山梨までおこしください。


p.s.
このブログは実名を公表しているので、昨日は懐かしい小学校の同級生から連絡をいただきました。
facebookやTwitterでも実名を出しているのだけど、mixiとは違った楽しみ方がありますね。