スタジオシフト代表の深澤竜也です。

仙台に入ってる友人からの4通目のメールです。


>ボランティアセンターの2階には、全国からいろんな人が集まってきます。

昨日は、24~25人泊まったでしょうか?

夜のオーケストラも賑やかでしたが、私もその一員だったでしょう。

隣の介護福祉士は、大阪の介護福祉士の鼾がうるさく、しかもだんだん近づいてくるもんだから寝られなかったと言ってました。

仕方ない、大阪の彼女は、連日ドロの地区で力仕事をがんばったんだから。

でも、それを聞いて、昨日はメス恐竜がいたんだと朝から大笑いでした。

埼玉の二十歳3人組は、持ち物のほとんどが食糧です。

アルファ米を60個持ち、カレーレトルト、おでん、食器も大鍋にホットプレートまで持ち込んでいます。

食べることは譲れないようです。

その分働くと張り切っています。

気前のいい青森のおじさんは、みんなに振る舞って食材がなくなると埼玉3人組のところにご相伴にあずかりに行きます。

青森のおじさんは誰もが大歓迎です。

朝早くから起きて、入口周りの掃除をしたり、

みんなのゴミを集めたり(ゴミも基本的に自分たちで持ち帰るからいいって言ってるのに)細々と働きます。

そして、今日もドロ地域に力仕事に出かけて行きました。


昨夜、東京から一人の青年が来ました。

ボツボツ話すうち、オーストラリアの帰りで、まだ実家には言ってないと言います。

実家は?と聞くと、少しためらって実は韓国籍だと言います。

韓国の青年も駆け付けてくれたんだと感激すると、

自分は日本育ちでやっと永住権を得られたということでした。

なので、少し前まで兵役を意識していたと言います。

そんな話をしながら、兵役の代わりにここに救援に来てくれたのかと、胸が熱くなりました。

私が帰る準備に上にあがると、沖縄から来たという青年に会いました。

彼も大きな荷物を持ってました。

茨城が風評被害もあって物資がなく孤立しているのを聞き、

まずは茨城入りしそこを支援して、山形から仙台入りしたということです。

仙台の状況でボランティアが足りてるようなら早めに引き上げ次の所と考えているようです。

ここの人間模様を一通り伝えておきました。

彼も岡田地区に行きましょうと宣言してくれました。

続々と集まってくれる若者に心温まる思いで仙台を後にしました。