スタジオシフト代表の深澤竜也です。

仙台に入ってる友人から、メールが届きました。


>本日は視覚障害者の方の家の片付けにボランティアに入りました。

専門職3人でこの方の支援に入ったのですが、

すでに3日間ボランティアが入っていてほとんど片付いている様子でした。


他県から入った保健福祉士が仕切ってコーディネートしたらしく、

もっと必要なところな人手を回すべきだろうと内部で少しもめたりしました。

いろんな場で全体を見渡せるリーダーは重要だし、それに従って動く現場が求められます。

混乱している場では、なおさら大切になってきます。

勉強になるなと思いました。


高速バスの予約が電話では全くつながらず、仙台駅に行かないとダメだろうということで、往復2時間かけて自転車で行ってきました。


新宿へのバスは4月の初めまで一杯で、新潟行きのバスが23日の夕方の便がやっと取れました。

被災地に行くには、往復の足を確保して入らないといけないですね。

今夜は大阪と埼玉から、さらに3人ずつ若者が駆けつけてくれました。

一様に、いても立ってもいられず来たと言ってました。

埼玉の3人は、塩釜を手伝って北上してきたらしいです。

神奈川の一浪生は今年大学に合格し、やっと来られたと言ってました。

少しずつ集まってきていますが、交通手段が確保されないのが、ボランティアがまだまだ少ない理由のようです。

仙台駅は天井が落ち、線路が曲がってしまったということで、全く機能していません。

新潟からの新幹線も取りたかったのですが、新潟駅でないとダメなようです。

行き帰りのコンビニは営業停止、食料がだいぶひもじくなってきたので、どこかで食糧を調達したかったのですが、結局食事になるものは手に入らず、今夜もお粥を食べました。

それでも果物のイチゴ、グレープフルーツが買え、ボランティアセンターに持って帰り、みんなで分け合って食べました。

生き返ると皆さんに好評でした。

帰り道、歩道橋を渡りたがった子どもに、地震が来るからダメと止める母親の姿がいて、まだまだ余震に怯えているんだと感じました。

確かに地震で建物の損壊はありましたが、人が何十人も亡くなるような地震ではなく、今回は、全て津

波がもたらした被害だと地元の方は言っていました。

地元の人は、神の怒りの技だとか、千年に一度だとか言って、いまだに信じられない光景だと口々に言っています。


明日は、やはり津波の地域に向けて手伝ってきたいと思います。