スタジオシフト代表の深澤竜也です。


昨日、白鵬の連勝が止まりましたね。

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事務所のテレビを観ていて、一瞬驚きましたが、やはり勝ち続けるというのは難しいのですね。


しかし白鵬の63連勝は、歴代2位。


これはこれでたいしたものです。


それでは気になるのが69連勝をした双葉山とはいったいどんな人物だったのでしょう?


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双葉山 定次 (1912年2月9日誕生- 1968年12月16日没)

大相撲の第35代横綱。

大分県宇佐市下庄出身身長179cm、体重128kg 血液型はA型。



少年時代の負傷が元で右目が半失明状態だったことや、

右手の小指が不自由といったハンデを抱えながら、「木鷄」(もっけい=『荘子』にでてくる鍛えられた闘鶏が木彫りの鶏のように静かであるさま)を目標に相撲道に精進し、昭和屈指の大力士となった。


本場所での通算69連勝、優勝12回、全勝8回などを記録。

年2場所の時代の力士であるがその数々の大記録は未だに破られていないものも多い。




1936年1月 - 連勝始まる。

1939年1月 - 安藝ノ海に負け69連勝で止まる。



1942年から1944年にかけても4連覇、36連勝を記録している。

69連勝序盤の頃はまだ双葉山も体が出来上がっておらず、

うっちゃりに頼る相撲も何番かは見受けられた。

しかしこの頃には右四つ寄り、上手投げの型の安定性は正に磐石であったという事から、

むしろこの時代こそが双葉山の全盛期と見る向きが多い。



引退後は、日本相撲協会理事長として相撲界に貢献するも

1968年12月16日 - 劇症肝炎のため死去、享年56歳。




強さだけでなく、人物も兼ね備えていたのでしょうね。


双葉山の残した名言にこんなものがあります。

「われ未だ木鶏たりえず」