『ぼかぁ、いっぺん王様抜きで将棋を指してみたい。

王様を守らなくていいんだから、楽だ。(自分の将棋は

へぼ将棋だが)升田幸三名人は「あんたのところは歩を

うまく使っている」と褒めてくれた。升田名人によると、

歩をうまく使うのが名人だそうだ』


これは1979年10月、親交の深かったソニーの創業者

井深大に頼まれ、ソニーの部課長の前で一度だけ講演を

した本田宗一郎の話。


この年、創業者の盛田昭夫は社長を退任したが、その後も

ソニーは、大賀典雄、出井伸之、ハワード・ストリンガーと

王様に頼り続けた。


しかし、自陣で王様を守ることにエネルギーを費やした結果、

ソニーは勢いを失った。敵陣に飛び込んで金になろうという

野心を持つ社員の多くが、会社を去って行った。


 ~以上、10月1日付 日経朝刊 ソニー再起1より~~


かなり以前の話ですが、本田、日産、三菱自動車とトヨタの

東京支社という当時花形の自動車業界の方々をお客様として

仕事をしたことがあるのですが、見事に会社のカラーが

違っていて、興味深い側面もさることながら、結構苦労したこと

を思いだしました。


その中で本田の人たちは、ほぼ例外なく、自分が社長あるいは

案件の総責任者のような発言をなさるので、どれが会社としての

本当の方針なのかをつかめず、大いに振り回された日々のことが

懐かしく思いだされます。当時は中途入社者が多く、皆さん、

野武士といった感じでしたね。