人の中には 2つの自己 がある。
宇宙のセオリーには基本原則があります。
これを理解すれば、何もかもがすっきりと説明がつくでしょう。
人の中には 2つの対立する自己が住んでいます。
それは、 真の自己 と偽りの自己 です。
いきなりそういわれても、唐突な感じがするかもしれません。
でも、ここではあえて1歩を踏み出して、この事実を受け入れてみてください。
そうすれば、きっと素晴らしい自己完成にちかづけるはずです。
偽りの自己には、その人の悪いところがすべて詰まってます。
嫉妬深さ、ふがいなさ、怒りっぽさ、自暴自棄、心配性、意地の悪さ、いい加減さ、思慮の浅さといったその人の性格は、幸せに背をむけるものばかりです。
宗教ではこの偽りの自己を悪魔とか罪深さと呼んでます。
哲学では、低次元の本能と考えます。
心理学では、 幻想に棲むエゴセルフと表現するようです。
どんな名称がついているにせよ、あらゆる内的圧力の根源になっているのは確かです。
そして、これが、外に向かって暴発すると、戦争や犯罪などの社会的悲劇が起こるのです。
偽りの自己に乗っ取られた人は、自分の人生を歩んでいません。
偽りの自己に追いたてられているのです。
脅迫的な欲求に追い回され、押さえようがない自分の怒りに苦しめられ、現実ではない空想におびえています。
なぜなら、自分とこれらの恐怖との見境がつかなくなっているからです。
それは、偽りの自己が本当の自分であると勘違いしているからです。
そうなると、この絶望はいつ果てるともなく続きます。
しかも、そうした悪しき本性をなおそうとしても、徒労に終わるだけなのです。
どんな方法をとっても改善は望めません。
人がつまずくのは、いつもこの部分なのです。
偽りの自己なんか自分の力で変えて見せるぞ とあなたは、思うかもしれません。
でも、無理なことは無理なのです。
偽りの自己のもつマイナス志向は、火が熱いのと同じくらいに動かすことができない事実なのです。
では、私たちにできることはあるのでしょうか?
幸福の壁を乗り越える
偽りの自己を変えることはできないし、そうする必要もありません。
ただし、跡形がなくなるまで消して、そこに、真の自己を登場させることはできます。
偽りの自己を変えようとするのは無理でも、本質的な自己に置き換えられるのです。
偽りの自己はあくまでもニセモノです。
それを頭に入れておいてください。
つまり、実際にはないものだということです。
新約聖書では、真の自己は 天の国 だといってます。
それは、より高いレベルにあるあなたの自己で、人に備わっている神の属性なのです。
そもそも、この真の自己は、だれにでもあるものなのです。
では、真の自己を意識することによって、どんな可能性が広かるのでしょうか?
きっと好ましくて、満足がいくことが、山ほど起こるにちがいありません。
信じられない?そういわずに、今すぐこのことを事実として受け入れてみませんか?
どう感じるかはこの際無視することにして、事実は事実として。
ここで取り組むべきは、想像上の自己を跡形もなく消し去って、現実にあるじぶんの存在を中心にして、忠実な生き方をすることです。
健康になる方法は、それ以外にありません。
そして、これほど、確かな治療法もないのです。
ところがここで、ひどく厄介な障害物が登場します。
それは、問題の答えがわかっているつもりになっている当人のひそかな思い込みです。
これは、どんな人にもあるのです。
何百万人もの不幸な人々が、誤った思い込みに気づかずにいるばかりに、幸せになる可能性を押しつぶしているのです。
難問につきあたったときに、 答えがわからない と正直に認められれば、途方もなく大きな力がはたらきます。
手も足もでない状態への対処を 力 に任せれば、答えに導かれるのです。
手品師の手にかかって催眠術をかけられた観客は、自分が催眠状態にあることを意識していません。それと同じように、人は人生の催眠状態にあることがわかっているのです。
もちろん自覚などできるはずはありません。催眠術にかかっている人には、催眠状態と覚めた状態との区別する基準がないのですから。
催眠状態しか知らない人は、他の可能性はありえないものとして笑いとばします。
けれども、この呪縛を解く方法はあるのです。
真の自己の発見がすべてを変える☆
人は偽りの自己が本当の自分だという間違った自己認識をしています。
自分は真の自己なのに、それに、気づいていないのです。
深い絶望の先には、必ず偽りの自己を本物に見せかけようとする空しい努力があります。
人にほめられたい、賞賛されたいという強迫的な欲求が、そのよい例でしょう。
そうです、エゴイスティックな自己は拍手を望んでやまないのですが、本当は、人間はエゴセルフとはまったく独立した存在なのです。
ただひとつ責められるべき点は、真の自己を知らない、または、気づかないために、自分とゆう人間を誤って認識していることにあります。
真の自己が望む生き方をすれば、それだけ苦しみや、おろかさが抜け落ち、穏やかさと知恵がもたらされるはずです。
だけど世間は悪意に満ちているじゃないですか?
そんなに素晴らしい人生が実現するとは、とても思えないのですが・・・・・・
雑草だらけの地面でもチューリップの球根を植えればいずれは花が咲きますよ。
偽りの自己との決別は、こんなふうにして行われます。
長い付き合いでも、厄介ごとばかりおこす知人がいるとします。
あなたは自分の人生からこの知人を追い出そうと決心します。
すると、知人は背を向けて歩き出しました。
その姿を見て不安で仕方がないのは、どんなはた迷惑でも、他に自分と親しくしてくれる人なのどいないのではないかと思われるからです。
けれども、そうしているうちに思いがけないことが起こります。
慣れ親しんできた偽りの自己が歩みさると、別の方向から新しい人影が現れたのです。
悪い知人が離れれば離れるほど、この新しい人物は近づいてきます。
そして最後には、これが新しい信頼に足る友人、真の自己であるとわかるのです。
心の中に浸入してきた新しい考えは、それを邪魔するたくさんの要素とぶつかります。
心をオープンにして受け入れようとしてください。
そうすれば、パターンに陥った思考も解放され、新たな考えを吸収できるでしょう。
とにかく、理解しようと望むだけでよいのです。
また、穏やかな心境になるために、自分はこんなにいろいろなことができるだろうかと心配する必要もありません。
重要なのは あなたに学ぼうとする意欲があるかどうかだけです。
違和感を覚える箇所があっても、あえて理解しようとしないで、とにかく読み進めてください。
中断してあれこれ頭をひねるのは好ましくありません。
二度目に読むときも、最初とまったく同じです。
ただ、このときは、状況が変わってくるはずです。
前には、ふにおちなかった言葉が、一言一言心に迫ってくることでしょう。
それこそがすでに、自分に自分に対する感じ方が違ってきていることを物語っているのです。
この章は、登山鉄道の沿線のさまざまな高さのレベルに住む人々の話から始まりました。
では、ここで、自分が今のレベルに満足しているかどうかを振りかえって見てください。
もし、満足していないなら、新しい列車に乗り込む自分を思い描きましょう。
山を登るのは十分に可能です。
1時間ごとに列車は出ているのですから。
では、列車に乗って出発です♪
第1章のポイント
1.自由で楽しい生活をしたいと、みんな心の奥底で望んでいる。
2.この世でもっとも素晴らしい秘密(宇宙のセオリー)は、どんな人でもそういう人生を手に入れられるということ。
3.その証拠に、あなたはもっと豊かになれる生き方を模索している。
4.宇宙のセオリーは、簡単で感覚的に理解できて、しかもあらゆる分野の成功に確実につながっている。
5.問題やわからないことに答えを見出せるようになる。
6.真理の探究は正しい方法、つまり宇宙のセオリーにもとづいて行う。
7.正しい知識を得て、偽りの自己を消滅させ、真の自己にそった生き方をする。
8.解決方法がわかっているような気にならないことが肝心。
9.宇宙のセオリーをたどる探求の旅には、心を十分開いてのぞむ。
10.スタートは、今いるその場所から。
やったーーーー 第1章が終わったよ♪
ご褒美にシフォンケーキがあるぞ(笑)
ながなが読んでくれてありがとう