無念無想（むねんむそう）

　禅の世界で言う「無」とは、心のなかに巣食っている固定観念や、自分自身を縛っている自我や執着から解き放たれた状態を指します。すべての「とらわれ」から解き放ち、心を開放すること。それが禅の目指すところなのです。

　この「無」の境地にたどり着くために禅僧たちは日々の修行に励んでいるわけですが、なかなか辿り着くことはできません。何十年と坐禅を組んでいても、完全なる「無」の境地に至ることは難しいものです。

　まして一般の人にとっては、何物にもとらわれないという状態はなかなか困難であることでしょう。しかし、たとえ無の境地にまで行きつかなくても、ほんの一瞬だけでも心を開放することはできます。一日に数分でかまいません。静かに坐禅を組んでみることをお勧めします。

　目を半眼にして、気が集まるとされる丹田に意識を集中させて、ゆっくりとした呼吸を心がける。そうする間にも、頭のなかには雑念が浮かんでくるものです。「お腹がすいたな」「今日の仕事はどのように進めようか」などと考えたりもします。一切の雑念をもたないことなどなかなかできません。坐禅を組んでいる最中にも、余計なことを考えてしまう。それが人間というものです。

　雑念が湧いてくることは一向にかまいません。当たり前のことです。大切なことは、その雑念にとらわれないということ。「お腹がすいたな」と思うのはいい。その雑念をあえて葬ろうとしなくてもいい。ただし、そればかりにとらわれて、心が縛られないことが大事なのです。

　浮かんできた雑念は、さっと受け流してしまう。もしも何らかの不安が頭をもたげてきたなら、その不安ばかり考えないで、さっと横に置いてしまうことです。不安というのは不思議なもので、その不安に目を向ければ向けるほどに大きくなっていくものです。初めのうちは小さな不安だったとします。その小さなうちに流してしまえば消えていくのに、わざわざそこばかりに目を向けてしまう。いつも不安を抱えている人の多くは、じつは自分がそれを膨らませているだけなのです。余計な雑念をどんどん受け流していく。それもまた無の境地なのです。

　このあわただしい現代社会の中では、常に何かに追われている気分になるものです。それが積み重なって、やがては大きなストレスになっていく。一日のなかで、ほんの数秒でもかまいませんから、不安や雑念から離れる時間を作ることです。

　その方法としてもっともよいのは、自然に目を向けること。デスクの上に、一輪の花を挿しておく。心が尖って来たときは、ふとその花に目をやってみる。可憐な花びらに一瞬でも心を寄せてみる。「きれいだな」と思う。この「きれいだな」と思った瞬間こそ、心が解き放たれた時間なのです。

　何かに執着することが、自分にとってプラスになるのならそれでもいい。考えることで不安が消え去るのなら考えればいい。しかし、そうでないとしたら、何も考えないほうがずっといい。一瞬の無の境地が、再び歩き出す力を与えてくれるのです。

とらわれ叶離れ、ただひたすらに生きる