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こんばんは!
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さて本日は落語から話をひとつ。
「男は騙されているとわかっていてもその場をチヤホヤされれば満足なのさ」と以前、とある男性が宣っておりまして、そんなもんか、と思っておりましたが、それは江戸時代も変わらない常識なようでして…
まさに落語「お茶汲み」がそのまんまの噺にございます。
この話の軽妙さや騙し騙されの、まさに「タヌキとキツネの化かし合い」が実は江戸っ子的に粋なものなのか、と思うわけでございます。
ご存じの方もいらっしゃるかと存じますが、毎度の如く説明をさせていただきます。
朝っぱらからいい若いものが集まって仲(吉原)へ繰り出そうか、と相談しております。
けれど吉原に繰り出そうにもどの男も懐が寂しい。
そんなところに昨晩から吉原で遊んで、朝まで離してもらえなかったという松っあんがふらりとやってまいりました。
男たちは大層モテたという松っあんの話を聞きたがり、松っあんは鼻の穴を広げて自慢話を始めました。
「おれはよ、冷やかしでよ、あちこちの見世を見てたんだよ」
にやつく松っあんは僅かに胸を反らせ、彼を囲う周囲の男たちはごくりと生唾を飲みます。
「そしたらよ、今なら70銭で朝まで遊べるって若い衆が言うからよ、揚がってやったのよ」
そこは安大黒楼という見世で、松っあんもはじめての場所でした。
あれよあれよという間に引き付けに揚がり、松っあんはお茶を飲みながら見立てた花魁を今か今かと待っておりました。
暫くすると襖の向こう側から楚々とした衣擦れの音がしてきたので、松っあんは「お、花魁が来たか!」と胸を高鳴らせます。
すすっと音もなく襖が開いたかと思ったら、顔を覗かせた花魁が松っあんを見た瞬間、
「あ~れ~ッ!」
と叫んで、引っ込んでしまったのでございます。
驚いたのはお茶を飲んで待っていた松っあん。
呆然としてその場に座っておりましたら、暫しのあと、静々と花魁がもう一度部屋へと入ってまいりました。
俯きがちにちらりちらりと松っあんに悩まし気な視線を送る花魁に、松っあんは「どうして悲鳴を上げて逃げた?」と問質しました。
すると花魁は逃げたことを謝り、身の上話を始めたのでございます。
花魁の在は静岡で、ちょっとしたお嬢様でございました。
ところが近所の男と惚れ合ってしまい、結局手に手を取っての駆け落ちをする羽目になったのです。親の金を持って逃げたはいいものの、逃げた先で生活をしていくには足りません。
男は商売をするにも元手が要る、と花魁に泣きつきました。
花魁はそういうことなら、と苦界に身を落とし、男のためにまとまった金を作りました。
男は涙ながらにその金を抱え、きっと商売で成功して落籍(ひ)かせてみせる!と花魁に約束をしたのでございます。
松っあんはよくある話だと内心では思いました。
きっと男に騙されて、今頃は別の若い女と上手い事やっているに違ぇねぇ、と口には出さずとも思っておりました。
男が考えることは女も考えるようで、花魁も同じように考えました。
というのも商売をはじめてから暫くは手紙のやり取りもあったのですが、すっかりそれもなくなってしまったからでございます。
きっと別の若い女ができちまったのさ、と諦め半分でも、想いを断ち切ることのできなかった花魁は知り合いに頼んで、男がどうしているのかを探ってもらったのです。
「そうか、それで男はどうしてたよ?」
興味を惹かれて松っあんは身を乗り出して聞きました。
もしも花魁が裏切られていたら、精一杯優しくして、良い時間を過ごしたい、という下心もございます。
花魁はよよと泣き崩れるようにして
「重い病を得て、寝たきりになっていたんでありんすよ」
と袂で目元を隠してから震える声で答えました。
苦界に囚われた己の身では傍で看病することもままならず、ひたすら神仏に祈るだけの日々を過ごし、すっかり心が疲れていたところ、男がとうとう亡くなったという連絡を貰った、と話す花魁が涙で潤んだ瞳でジッと松っあんを見つめました。
なんとも色っぽい視線に松っあんの胸がキュッと絞められたように痛みます。
「あの人恋しさに襖を開けたら、そっくりな主さんがいたでありんす」
死んだ男にそっくりな松っあんを見て、あまりにも驚いたため逃げてしまったと話す花魁は年季が明けたら女房にして所帯を持ってくれ、と言い出した。
愛しい男にそっくりだと言われた松っあんが大きく頷いて夫婦約束をすれば、たとえ夫婦になっても老いてしまえば飽きて若い女を作るだろう、とめそめそと泣き出す花魁に、松っあんは近寄り、安心させるように花魁の肩をぐっと抱き寄せました。
「おれはそんな男じゃあねぇよ」
優しく囁く松っあんにしな垂れかかる花魁の頬には流れた涙のあとがくっきりと残っております。松っあんは込み上げてくるなんともいえない愛しい感情により強く花魁を抱き寄せ、俯きがちな顔を覗き込みました。
すると先ほどまではなかったはずの大きな黒子が眼の下にひとつ、あるのを見つけました。
おや、さっきまでこんな艶っぽい黒子なんぞ、あったかいな?
思った松っあんの目の前で、花魁は涙に見せるためにさり気なく茶碗のお茶を指先で掬って目元に置いたのでございます。
「なんでぇ!茶殻黒子女(ちゃがらぼくろあま)だったのかよ!」
話を聞いていた若い男の一人が呆れたように言いました。
「どうすんだよ、通うのか?」
「冗談言うねぇ!ばかにしやがって!二度と買うもんか!ひねりっぱなしよ!」
あの花魁を買うのは今回だけだ、と言い切った松っあんに話を聞いていた熊さんがどこの見世のなんという名前の花魁だ、と聞いてきました。
松っあんから安大黒楼の紫という花魁だと聞き出した熊さんは松っあんの仇討ちだと意気揚々と吉原へと向かいました。
安大黒楼へと行き、紫花魁を指名した熊さんは今か今かと花魁がやってくるはずの襖を睨みつけておりました。微かな衣擦れが聞こえてきて、すすっと襖が開き、花魁が顔を覗かせた瞬間、
「ギャーッ!!!」
と熊さんは悲鳴を上げました。
驚いたのは花魁でございます。きょとんとした表情で立ち竦む花魁に傍へ寄るように手招きした熊さんは目元を手で覆いながら花魁が松っあんにした話を男女逆にして語り始めたのでございます。
「おれぁよ、絶対に幸せにしてやりてぇって思ってたのによ、こんなことになっちまって…」
涙も流さずに泣き崩れる熊さんをジッと見ていた花魁が徐に立ち上がりました。
それに気付いた熊さんが
「どこに行くんだ?」
と問いかければ、花魁は襖に手をかけたまま顔だけで振り返り、言いました。
「今、お茶を汲んできなんし」
おあとがよろしいようで……
面白い噺ですよね~
本当に落語は面白くて奥深いものでございます。
自分の作った同情をひく不幸話を、そのまま返されてもまったく動じることなく「お茶を持ってくるね」と切り返すユーモアセンスと度胸に拍手喝采でございます。
騙されたと気付いても一晩楽しめればそれでいい、という割り切り方に男性の生物的な本能を見た気がする私は今日も元気に焼いております。
芋を練り込んだフィナンシェを作りました。
こちらはおまけようでございまして、非売品です。
バターの風味と芋の味わいが上品な焼菓子になりました。
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ありがとうございます。
ちなみに泣かせる人情噺よりも、こういったウィットに富んだ噺のほうが好きかもしれません。
頭を空っぽにしてただひたすら愉しく笑うなら落語、心を温かく泣くなら映画、というのが私の理想でございます。
先日、母が私が好きだろう、と言って録画してくれた映画を二人で観ました。
「ベンジャミン・バトンの数奇な人生」という映画でした。
推定80歳の老人として生まれ、徐々に若返りながら0歳児として死んでいく男の人生を語った物語でしたが、これがまた淡々と綴られていくのに胸を打つのです。
互いに魂で惹かれ合い、それでもなお別の道を歩むことを選択しなくてはならない切ない人生があまりにも尊くて涙を誘われました。
落語で笑い、映画で泣いて、ジェフリー・ディーヴァーさんの「真夜中の密室」で心躍らせる私はまだ最後まで読んでいない内容にうずうずとしております(笑)
本日も最後までお付き合いいただきありがとうございました。
明日もまた明日もいらしてくださいませ~♪
お待ち申し上げております!