今日は何故だか書き始めから涙が溢れてきます。涙でデトックス!と私なりのグリーフケアにお付き合いくださいませ)


〝ブチャカワな黒猫が飼いたいな〟


〝今年の誕生日は指輪かピアスにしようかな〟

〝そろそろお財布を買い替えようかな〟

 

〝温泉でゆっくりしたい〟



その度、私が欲しい物を探して

見つけてきてくれた夫。


誕生日に限らず、母の日や結婚記念日、飲み会で遅くなりマズイと思ったであろう日、夜の店に消えたであろう日、なんでもない日…お花やボディクリーム、ケーキなどを欠かさなかった夫。




『欠かさずお願いね』

『何もなしはあり得ないからね』
『何でもいいから〝物〟を用意してね』



(※高価なものが欲しいわけではなく

レジ前の大福でも何でもいいのです。

私のことをふとした時に思い出してねという気持ち)




そう付き合う前に、自分が念押ししていたとはいえ、子どもを産んでからも変わらず、今思い返せば子どもが生まれてからの方が私へのケアがどんどん手厚くなっていたように感じます。



少々機嫌が悪い(悪くなりそう)ときも、こうした〝物〟でケロッとご機嫌になっていた私。欠かさず用意する方がご機嫌取りとしても楽だったのだと思います。




結婚して子どもが生まれて、子どもが幼稚園に上がり、闘病が始まり、結婚年数が経過すると



〝誕生日も記念日も

特に欲しい物ないんだよな~〟

〝今年はこれといった物が思いつかないな~〟

 

 

なんて自分の中でも

マンネリ化していきました。


元々物欲が強いわけでもないし

あれこれ物が欲しいわけでもない。


そこで、ふと思いつき
わたしが次に夫にねだった物が



【手紙】 でした。


『今年は欲しいものもないし、手紙がいい!
一言二言じゃなくて便箋二枚分くらいの長文ね』





記念日やホワイトデー、その都度〝プレゼントは手紙で〟とリクエストしていたものの



「長文は無理だよ~思いつかないよ~
物を買わせてください」と結局貰えないまま。




(手紙とかめんどくさいものを求めるなよ…)


(お誕生日おめでとう。

いつもありがとうしか思いつかないよ)



10歳の息子を育てていて

男の子の生態を理解してきた今、

 

 

手紙なんて恥ずかしい/

単純に面倒/何を書けばいいの?


そんなことも分かっていてリクエストしていました。(もちろん手紙を書く男性もいる、人による)




闘病生活が長くなっていくたび

私のことを考えてくれているのが分かるたび

 

夫に大事にされていると感じるたび




長文にするために(文字数稼ぎ)

意味不明な言葉を繰り返しそうな

口下手な夫の書く手紙が欲しかったのです。




それは死別してからも同じ。


夫の部屋を片付けるたび



〝私へのメッセージを隠してたりして〟

〝長文の手紙がどこかから出てきたりして〟

〝書きなぐりの一言くらいはありそう〟




なんて、三年経った今でも

夫からの言葉を探してしまうのです。



今のところ、手紙は一切出てきていません。


夫のタンスの中、服一枚一枚の下、貴重品入れ、
書類・請求書が置かれた紙の中…



結構、探しました。





全然出てこない。


 





多分、もう出てこない。











 

マジで何も書かず

逝きやがったな。

 






こんなふうに夫が亡くなった後も、夫婦にしか分からない空想のコミュニケーション・余韻が続くものなんだなと不思議な気持ちでいっぱいです。





ここまでお読みいただきありがとうございました。いつかの誰かの目にとまれば幸いです。