土讃線は吉野川を渡ると、いよいよ阿讃山脈に差し掛かり、香川県へと向かって行きます。
鉄道ファンの間で有名な秘境駅の「坪尻駅」を過ぎ、阿讃山脈の猪ノ鼻峠下の鉄道による猪ノ鼻トンネルを抜けると香川県に入ります。
香川県に入ると、これまで南四国の険しい山中の景観から一転して、讃岐平野が広がる景色となり、何だか目の前が明るくなった感じがして、列車からも北四国へ入って空気が変わった事が実感できます。
バイクツーリングの時はもっと体で感じるのですが、列車からの感覚もまた一味良い感じです。
香川県に入ると、琴平駅、善通寺駅と、大きな町が続くため、特急列車でありながら各駅停車で進んで行きます。
善通寺で下りの南風の行き違いをすると、次は多度津駅で、また停車します。
土讃線の起点駅となっていて、予讃線との分岐駅ともなっているため、車両基地のように広いエリアを持つ駅です。
今はブルーラインの1000型形の車両となっていますが、国鉄時代はキハ58系のディーゼル車両が大量に停車していました。
昔に各駅停車列車で多度津駅まで来て、ここから予讃線の夜行列車に乗り換えてで松山駅まで行き、そこから宇和島まで普通列車に乗り、開通したばかりの予土線で窪川に行き、土讃線で高知までの鉄道旅をしたことがあります。
多度津駅を見る度に、そんな昔の事を思い出します。
多度津駅は四国鉄道網発祥の駅であり、明治22年に琴平から丸亀間に四国で初めて鉄道が敷かれた際の起点駅だったのです。
駅の敷地内には大正11年に走っていたSL58685号が展示されています。
多度津駅から讃岐塩屋駅を抜かして、丸亀駅、宇多津駅と、地方ながら大きな町が連続しているため、ほぼ各駅停車列車状態が続きます。
さすが、北四国は南四国と違って都会です。
宇多津駅を出発すると、瀬戸大橋へ入って行き、高架がさらに高くなっていきます。
ゆっくりとカーブして橋に入って行く手前で高松方面からの線路が合流します。
そして、自動車専用の瀬戸中央道が頭上に重なってきます。
瀬戸大橋の路線風景が見られるのは初めてで、さすが貸し切り状態のグリーン車最後尾からの景色は極上ものです。
横の車窓からの風景は瀬戸内海が開けます。
自動車専用道路と併用した瀬戸大橋が開通して、早34年にもなります。
瀬戸大橋は四国と本州を繋ぐ夢の大橋だったのです。
丁度、中間ぐらいにある与島は瀬戸中央道のサービスエリアとなっています。
瀬戸大橋が開通するまでは、高松駅から宇高連絡船で岡山県の宇野まで行き、宇野駅から宇野線で岡山駅まで行っていたのです。
その間の乗り換えはけっこう大変で、高松から岡山までだけで2時間かかっていたのです。
大昔に、高松駅から宇高連絡船、宇野線に乗り換える時は、席を取るために大勢の人が走り雪崩れるように進んだため、祖母が履物を紛失した事がありました。
その事が忘れられません。
与島の様子をのんびりと上から眺めるのは鉄道旅ならではですね~。
瀬戸大橋が開通したお陰で、高知から岡山まで、こうしてのんびりと乗っていられ、時間も半分以下に短縮されたのです。
瀬戸大橋を渡りきると本州に入り、岡山県です。
児島駅で停車します。
向こうのホームには宇野線を走る115系の黄色の列車が停車しています。
四国内では見ない車両です。
いよいよ南風の列車旅も終わりに近づいて来ました。
岡山駅がもうすぐという所で、車窓から虹が見えてきました。
婚礼を迎えて、縁起が良いね・・、と家族たちのテンションが上がってきます。
岡山駅の在来線ホームに到着です。
ホームの向かいは高松ー岡山間を行き来するマリンライナー線です。
ここから駆け上がって、新幹線乗り場に向かいます。
岡山駅は西日本の各地方からの路線が集まる大動脈の束を纏めるような駅です。