エジプトの考古学博物館。カイロ中心部にあるのだが、まあとにかく暑かった。何しろ冷房が効いていない。人も多いし、しかも非常に広い。様々なところにいろんなものが収蔵されていて、エジプト人のガイドさんに言わせると、全部しっかり見るには一週間かかると言っていた。おそらく展示されているもの以外に倉庫の方でも眠っている収蔵品が結構あるのじゃないかと思う。確かに手狭な感じがして、おそらく それが最大の原因で、現在のギザのピラミッドのすぐ脇に大きな巨大なピラミッドをあしらった形の博物館を現在建設中なのだ。
でも中に入るとあのインディージョーンズの世界にふっと迷い込んでしまったような印象がある。まず入ってすぐ左側に行くと古王国の時代のものが色々と展示されている。ただ、展示されているものが少ない印象だ。確かに古い時代の遺物はそれほど残っていないのかもしれない。新王国エリアは広く多くの陳列物があり、おそらく大英博物館やルーブル、それからメトロポリタンといった欧米の連中が持ち出したエジプトのお宝も山ほどあるのだろう。それでもカイロの考古学博物館に最もたくさんのエジプトの歴史の遺物が収蔵されている。
さて まあ有名な所から紹介しようと思うが、英語が私はあまりよく読めないこともあって、何がどう凄いのかがあまりわからなかった。ネット上で、日本語でアップされているカイロの考古学博物館の収蔵物で有名なものをとりあえずは写真に撮っておいたので、それらから紹介したいと思う。
今回写真撮れなかったのだが、それは撮影禁止になっているのだが、まずミイラの部屋は写真不可だ。12体くらいのミイラが安置されていた。最も有名なのは古代エジプトで最強の王と言われたラムセス2世のミイラである。当時としては非常に身長の高かった大柄な王だ。60年以上エジプトを統治した。そして様々なものを建設した。そのラムセス2世のミイラが現代まで残ってるというのは本当に奇跡的なことだ。ラムセス二世の髪の毛は確かに赤毛でコーカソイドの特徴が強いと言われている。
もう一つ写真が取れないエリアがあって、ツタンカーメンの黄金のマスクの部屋である。これは確かに本当に黄金のマスクはすごいなと。エジプトの富と栄光を象徴するものだと感じた。ツタンカーメン自身は若くして亡くなり、病気がちで弱い方だと言われていたが、このように豪華に埋葬してもらえるということはエジプトの富を象徴しているといえる。またツタンカーメンの部屋が非常に混んでる理由の一つが、冷房が効いているということである。逆に言うと他の部屋は全て冷房が効いていない。エジプトは乾いているので日陰は涼しいのだが、やはり人の熱気でムンムンと暑かった。やがて大体は見終わり、外に出ると、お土産物屋さんが並んでいた。値段が若干高いかなという感じがした。
今度は、ギザのピラミッドのそばにできる新しい博物館で、もう少し英語を勉強して読めるようになってから博物館を見学したいと考えている。
エジプトカイロの考古学博物館に入ってすぐのところ。インディージョーンズの世界
エジプトカイロの考古学博物館に入ってすぐのところ。
エジプト考古学博物館の建物↓
ピラミッドのキャップストーン↓
ジェセル王(古王国の初めてピラミッドを作らせた王) 等身大の像↓
階段ピラミッド裏の部屋で1890年に発見された、4700年前の一番古い像。
石灰岩でできていて、目が空洞なのは、水晶が盗まれてしまったから。
最も大きいピラミッドを作らせたクフ王の像。本当に小さいです。大きいのは盗まれてしまったりして今はこれ1つしかない。↓
続いてカフラー王の彫像カフラー王はあのギザの三大ピラミッドの真ん中のキャップストーンがまだ残っているピラミッドの建設者である。この像は人気があるようでいろんな国から来た人達がスマホでこのカフラー王の像をバックに写真を収めていた。↓
古王国の書記の像。なんでこんなものがと思われるかもしれないが書記というのは古代メソポタミアも含めて実は非常に高い地位を得ていた。文字が読めるということが、やはり農業社会に入って人々を統治する上において重要だったのである。書記と神官がともかく権力を持っていた。これはメソポタミアもそして古代エジプトも同様で、なおかつ日本でも同様だった。日本の神官で最も家柄が高かったのが天皇家である。社会主義国では書記長が一番偉い。目に水晶が入っており懐中電灯を当てると光る。↓
クフ王の弟、王子ラーヘテプとその妻ネフェルトの像。約4600年前に造られた座像。
メイデュームのマスタバ墓から発見されたもので、石灰岩でできている。↓
スフィンクスの像↓
スフィンクスの像↓
ハトシェプスト女王頭部↓
神官カーアペルの像(村長の像)最古の木造彫像↓
アヌビス神(犬の姿の神、ミイラ作りの神)。目に水晶が入っており、光を当てると光る↓
アヌビス神(犬の姿の神、ミイラ作りの神)。↓
第18王朝の王アメンホテプ3世とその妻ティイ像です。その高さおよそ7m。↓
古王国エリア
犬?ジャッカル?
メンカウラー王と二女神像↓
メンカウラー王の立像
メンチュヘテプ2世座像
メンチュヘテプ2世は、中王国時代第11王朝のファラオ。王権を復活させた、中王国時代の初代ファラオ。ヌビア人の血が濃いようで黒い彫像になっている。↓
古代エジプトの門柱。ギリシャのものよりはるかに古い。↓
新王国エリア↓
ツタンカーメンの墓所の解説↓
ツタンカーメンのミイラは4重の厨子に入れられていた↓
コブラの飾りが付いているツタンカーメンの厨子↓
ツタンカーメンの4つ内臓をいれていたカノプス(壺)↓
ツタンカーメン王の黄金の玉座。カルトゥーシュを蛇が守っている。前にはチーター。
肘掛には、黄金のカルトゥーシュを守る翼を広げたコブラです。↓
パピルスは数多く展示されていた。
独特の動物混じりの象形文字。下のほうにはコブラ↓
アヌビス神などの動物の顔を持つ神のパピルス。↓
死者の書。正義の羽と死者の心臓の重さを量る天秤が描かれている。↓
人々と犬や牛、鹿?↓
象形文字↓
青いカバ↓独得な動物と色から人気がある↓
ミイラを安置する時に腕を X 型(腕をクロスさせて)の形をしている。多くの彫像が腕をこのようにしている。
人々が使った土器↓
動物のミイラの部屋もあった。下の写真はナイルワニのミイラ。ワニはアメミットという幻獣となっている。
鳥やコブラをあしらった厨子↓
ベッド。足が動物の足になっている。(写真からは分かりません。)↓
入場チケット↓
カメラ券↓
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