こんばんは。

今日は爽やかな五月晴れの休日でしたが、 暑くなったり、過ごしやすくなったりと、季節の変わり目は体にきますね。
湿気がひどかった昨日の土曜日、
東京まで公開市民講座に行ってきました。

東京国際フォーラムで行われた、

『外科医があなたを、がん・心臓病から救う~名医に聞く、外科医療の最前線』


現職大臣を含め、6名の先生方の講演でした。
予定時間を超えた2時間半、ギッシリと、それぞれ内容の濃い内容でした。その中で、個人的に心に残った3人の先生の話を書いておこうと思います。


北島政樹 先生
(慶應義塾大学名誉教授)

昔は、偉大な外科医ほど大きな傷で手術する、という、いわば拡大手術だった。
早期がんでも臓器を多く取り、大半のリンパ節を含めて取っていた。

今は、低侵襲の個別化治療で、患者に優しく、状態にあった最適治療が選択されている。
・縮小手術
・内視鏡手術など。

近年進んでいる研究は、
・見張りリンパ節生検。
がんが最初に転移するリンパ節に、がん細胞の有無を見て周囲のリンパ節切除を判断する。

・ICG蛍光による画像を用いた術式。
がんの拡がりを確認できる。肝臓がんに有効。

・手術ロボット(ダヴィンチ)開発。
2000年3月、アジアではじめて慶応病院に導入。
当初の手術ロボットは、患部に手を入れているように鮮明だったが、触覚がないことが問題になった。その後、工学部との共同開発により、ロボットが掴んだ触覚はモニターを通じ、コンピューターが計算できるように。情報を操作する手元に伝え再現する。患者に優しく、外科医のクオリティーも上がる。

・がん治療における漢方の効能。
大腸がん手術後、大建中湯を服用すると、入院日数が短縮される。また、抗ガン剤や放射線治療に用いることで患者のQOLを上げる方向性を示唆された。

がん治療中は、心臓病の合併が多い。
そのため、チーム医療は絶対に必要。


北川雄光先生
(慶應義塾大学病院 病院長)

食道がん手術は、開腹だと通常6~8時間
かかる。高難度で高リスク。
1990年代に胸腔鏡下食道がん手術が導入され、徐々に改善されていく。
今は、医療機材の進歩と伴にカメラも8K3Dの時代へ。
6月から慶応病院で試験導入。
これにより、視力が1.0から4.3までにアップするほどの高精度。
人が認識できる最高画質だそうだ。


・ダヴィンチの食道手術について
ロボット手術は、体の中に人の手が入らない事にこそ、意義がある。
通常、食道の手術は右胸を開けて入る。
肺を潰さなくては、胸腔鏡手術でもできない。そこで、首のつけ根、鎖骨あたりを切り、縦隔内の食道に入っていけば、肺を傷つけたり合併症を起こさずに手術できる。

胃がん手術で、見張りリンパ節生検を行い、軽く済んだ症例の話。
胃がんはリンパ節転移が疑われる場合、通常、3分の2か全摘する。
手術の途中で、見張りリンパ節を検査した結果、転移がなかったので500円玉程度の切除で済んだとのこと。
患者の術後の生活を考えれば、是非とも活用したい検査だ。
現在、先進医療の枠組みで、保険適用に向け、臨床研究が進められている。

十二指腸がんが膵臓のまわりに、再発。抗ガン剤や放射線治療が効かない症例の話。
移植手術のやり方で一度、臓器の大半を取り出した後、患部を切除し戻す方法。困難な手術にも挑戦している。

放射線治療が脳や肺、肝臓の奥までピンポイントで効果をもたらし、転移が多い場合でも集学的治療で、がんを小さくしてから、外科手術を行う。
延命から根治できる症例が増えているとのこと。


関原健夫氏
(日本対がん協会 常務理事)

39歳で大腸がんになり、米国で手術。
(リンパ節13個中、7個に転移)
帰国後、再発し、国立がんセンター中央病院で大腸がんと2度の肝臓手術。3度の肺手術。その後は、心臓病の手術を受けた。

腹腔鏡手術がない時代での手術。
裸になるとメスの痕が何本も体を走り、まさに満身創痍だと言っておられた。

そんな氏が一番辛かったことは、
肝転移が判明した時だったそうだ。
肝臓の手術は、1980年代にボツボツ始まったが、原発性肝がんに限られていた。
転移がんは、再発を繰り返すからムダと言われた。

しかし、執刀してくれた先生が、明るく
自信を持って『私に任せてください』と言ってくれた。
手術は8時間以上かかり、取った腫瘍は2個。肝臓の約40パーセント切除した。

関原氏は、こんな言葉を添えられた。

     人生は有限。一期一会。
     日々精一杯生きる。
     物事を先送りしない生き方に。

     病人や、弱者への思いやりの心を。
     良い人間関係が闘病の最大の支え。
     少しでも他人や社会に役立つことを。

大変な思いをされた氏の言葉は重い。
そして、背筋が伸びる思いがした。


この公開市民講座は、『日本から外科医がいなくなることを憂い行動する会』という団体の主催でした。
医療事故のリスク、異状死のリスクなど外科医には責任が大きいため、
若い医師で、外科を希望する若手医師が少なくなっているそうです。

ドラマ『白い巨塔』が放映された頃(1987年)に比べると半分くらいの数だと説明があった。(唐沢寿明でなく田宮二郎)

しかし、一方で、ドラマ『救急救命医コードブルー』のシーズン1が放映された当時、日本に数台しかなかったドクターヘリは、数年後の今、日本中を漸く網羅するくらいになっているらしい。

ブラックジャックでも、大門未知子でも、財前五郎でも構わない。
憧れて外科医を目指す若い医師が、増えるようになってほしいし、
大臣はじめ政治家には、彼らが働きやすい環境を作っていただきたい。と、心から感じた日でした。



お土産にもらったグラノーラ。
健康のためにありがたく食べてみようと思う。


また、新しい1週間が始まりますね。
お互いに頑張りましょう❗️



柴犬ポチ🐶