ナリ心理学®️認定心理者1期【受講中】ちーやんのブログ
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やればできる!

ひゃっほー!

ナリ心理学®️認定心理者1期受講中のちーやんです!
ナリ心理学について勉強真っ只中、質問等はお答えできませんので予めご了承ください。

 

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私は「やればできる」。

 

だから「やらないを自ら選択している」と思ってきた。

 

 

 

 

 

これは自分を隠していたんだと心理を学んだ今なら分かる。

 

 

 

私が隠していたこと

失敗したくない

失敗が怖い

出来ない自分を見たくない

出来ない自分を認めたくない

そんな現実を突きつけられたら生きていけない

 

 

 

これらは「自分に期待している」=「脳内理想を上げてしまう」言葉だった。

 

 

 

 

なぜこんな風に思う自分になったんだろう?

 

 

母親が私に期待をしていたからだ。

 

 

 

 

 

 

 

私が小学生の時、個人懇談に主席した母親が担任に言われたそう。

 

 

「分かっているんだから、やればできる」と。

勉強のことね 

 

 

その言葉を私に伝えてきたのを覚えている。

 

 

 

 

 

母親は担任からのその言葉を受けて他にも話をしたであろうが」

安心したと思うし、期待したと思う。

 

 

この子(ちーやん)は本当は授業内容を理解できている。

ただ勉強しないからテストの点数は低いんだ。

この子は大丈夫!と。

 

我が子に向き合わずに逃げたのだろう。

家事に育児、余裕がなくて日々の生活にいっぱいいっぱいだったんだろう。

 

 

 

 

我が子より自分を優先したってことな

私は母親から愛されていなかったってことね

 

 

 

 

 

そして、その言葉で私も自分自身に期待するようになった。

 

 

 

 

 

 

「やればできる」は、自分の怖い気持ち恥ずかしい気持ちを隠した「自分の隠れ蓑」となった。

 

そして「やればできる」からと「やらなかった」私は、挑戦や失敗など経験を積むことはなかったから、人生において機会を損失し今まで生きてきたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

お母さんはどうせ妹の方が可愛いんでしょ

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ナリ心理学を学び母親理解を進めていき分かった気持ち

 

お母さんは、私じゃなくて妹の方が可愛いんでしょ

だから私なんて居なくてもいいんでしょ

私はお母さんから愛されていないんだ

 

 

 

 

 

 

ちーやん12歳の時

 

両親の離婚が決まり「父と母のどっちに付いていく」と聞かれた時

私は即答した。

 

「父。」

 

理由は、当時、父の転勤の話が出ていたから。

都会に憧れのあった私は都会に住めること、姉妹は母に引き取られて勝手に思っていた

父と二人で生活に困らず生きていけると思ったのだ。勝手に思っていた

 

実際には、転勤はなく姉妹も離れることはなかった。

 

 

 

現在に至るまで、両親の離婚時に父を選んだ理由はこれだと思ってきた。

 

 

 

 

 

だがしかし

 

ちーやん〇歳の時、これではない理由があることを知った。

 

 

 

それが、

 

 

お母さんは、私じゃなくて妹の方が可愛いんでしょ

だから私なんて居なくてもいいんでしょ

私はお母さんから愛されていないんだ

 

 

だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

お母さんは妹が可愛いんでしょ?妹はお母さんのそばにおいておくよ。

 

私はお母さんから愛されていないから離れるね。

 

私のことは要らないでしょ?

 

私はそばにいなくてもいいもんね。

 

だって私はお母さんから愛されてないんもんね。

 

私はお母さんのため、お父さんに付いて行くね。

 

 

 

 

 

 

 

 

まぁ気が付いたとて、母親に私の気持ちを汲んでもらえる時はこないのだけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

私は、母親を愛していたこと、母親の愛を求めていたことを認めている。

このことは私にとって、すごく嫌できつかった。

 

 

 

けど認めてしまえば、正直ラク。

 

 

 

あれもこれも母親の愛を求めてたんだなって認めれることで、足止めせずいけるから。

次にいけば別の足止めがあるのだけどね

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

イラッとした感情から分かること

ひゃっほー!

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私が発した言葉に、その場にいた人が反応しなかったことに、私はイラッとした。

 

この”イラッ”を言葉にしてみた。

 

 

 

私の話を聞け!返事しろ!

 

 

 

だった。

 

 

 

相手にムカついて怒りをぶつけても、何も変わらないことは学び済。

相手が反応するかしないかは相手の自由

※相手が反応しなかったのは無視をしたとかではない。状況は伝えたいことからそれるのではぶきますm(__)m

 

 

 

なぜ私は「私の話を聞け!返事しろ!」と思うのか?

 

 

それは

 

 

私を相手にしなくていい存在だと思っているのか?

私の話が面白くないから、反応しなくてもいいのか?

 

 

だった。

 

 

 

 

 

 

 

これは相手に思っているのではなく、

 

私が私に対して思っていることだ。

 

 

 

 

 

 

 

私は私のことを

相手にされない存在なんだ。

話が面白くないから反応しないくていい。

 

 

と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なぜ私は自分に対してこのように思うようになったのか?

 

 

ここでも母親が関係してた。

 

 

 

私は幼い頃、母親に話を聞いてもらえなかった。

家事などの手を止めて、私の話に耳を傾けてもらえなかった。

 

という記憶がある。

 

 

 

 

 

 

だから私はこう思うようになった。(無自覚でね)

 

 

 

 

 

 

私の話は聞いてもらえないんだ。

私の話は聞く必要ないんだ(相手にしなくてもいいんだ)。

私の話は面白くないし楽しくないから聞いてもらえないんだ。

私は話をうまく伝えれないから話を聞いてもらえないんだ。

 

と。

 

 

 

 

 

 

 

これが母親からの世界感の継承(たくさん中の一つ)で、私の前提となって生きてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自分のイラッとした感情を流さず、向き合ってみると分かってくることがある。

 

母親にしてもらえなかった「話をきくこと」「耳を傾けること」を私自身にやる。

 

これが「自分を大切にする」ということ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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