エリザベス二世が来日したとき、「二世」なのだ、と初めて知った。

日本では、天皇のおくり名はすべてちがう。重祚(ちょうそ。同じ人物が、ふたたび天皇となること)したとしても名前は改まる。

「受け継がれていく君主名」については、知識はあるものの、深く考えたことはなかった。

何代か前の王の名前を継ぐとは、どんな気持ちなのだろう…。

そうした「独特な立場の人の気持ち」を知りたいと思うことがよくあった。

 

エリザベス二世の時代はすでに終わり、チャールズ三世の時代が始まった。

 

いろいろなものが変わるのだ、と思った。

27歳の頃にイギリスを初めて訪れた。ロンドンの街にはすぐに馴染んだ。初めて歩くのになつかしささえ感じるほどだった。

 

次に親しんだのが、女王の顔だった。

買い物をすれば紙幣の右側にある女王の顔と対面するし、はがきや封書を出そうと普通切手を買えば、すべてエリザベスの横顔だった。券面の色こそ額面によってちがうけれど、それぞれに同じ大きさの同じデザインだ。

 

とくに切手は、中央に描かれたほぼ白抜きの肖像以外は、額面の数字だけ。発明国の切手で、国名もないから、印象としては、女王のシルエットのような横顔がすべて、だ。今でもくっきりと思い出せる。(日本の切手には「日本郵便」「NIPPON」と入っている)。

 

余談だけれど、「国名の入っていない切手」は、アメリカ人にはある種のあこがれだったらしい。「歴史がある国」の証明でもあると思えたのかもしれない。

アメリカ発祥のインターネットのアドレスの最後には、だから、アメリカだけは国名文字をつける必要がない。彼らは今では、そのことに誇りに感じていると読んだことがある。

 

今後、切手も紙幣も変わる、と気づいて、切手が一枚でも手もとに残っているだろうか、と思いをめぐらした。紙幣はともかく切手は持っていたい。

 

エリザベスのあとをチャールズが継ぐときには、国歌の、God Save the Queen が God Save the King(*) に変わるんだろうな、と思いついたことがあったのに、切手が変わることは想像もしなかった。

(*)God Save Our Gracious Queen / King が正式なタイトルかもしれません。

 

ロンドンからよく郵便を出した。切手はとても身近だった。しかもシンプルなデザインだから、どこかで恒久的なものと信じていたようだ。軽いショックを受けているのかもしれない。

 

エリザベスが亡くなった翌日、すでに王となったチャールズ三世が、バッキンガムパレスの前で人々と握手をしていた。

エリザベス女王がつくりあげたイギリス王室のあり方なんだよな、たぶん、と思った。ほぼ空身で、庶民の前に出ていく。

国葬騒ぎを引き起こしている日本の政治リーダーたちのことが頭をよぎる。

 

ランドローヴァーを自ら運転もした。車列なんてつくらずに、だ。

おばあちゃんになったエリザベス女王が、ミニを運転している姿なんて、かわいらしかったろうな、と思う。

 

「今日、車に乗っているエリザベス女王を見たよ」

友人がうれしそうに言った。街を歩けばわりとふつうにそうした光景に出くわす。

 

イギリスのテレビでは、王室や政治家を平気で笑い飛ばす番組が、当たり前のように放映されている。僕がイギリスの風景を懐かしいと思ったのも、ブラックヒューモアで有名なBBCの番組、「monty python's flying circus」の日本での放映を、毎週、見ていたからかもしれない。

イギリスに滞在中は、かなり戯画化されたカリカチュアマスクを用いて、政治家や有名人を笑い飛ばす「spitting image」が人気だった。

 

笑いの自由、を容認する王室。

英王室は、僕が滞在していた頃は、「イギリス最大の資産家」だった。王室としての経済的な基盤もしっかりしている。女王は、さまざまな会社の経営者でもあった。

 

日本の天皇とは、少し背景がちがう。「象徴」として存在し。私的財産をほぼもたず、政治的な発言もできない天皇を、イギリス王室を引き合いに、笑いの対象にしろというのは、あまりフェアではないとは思う。

 

でも、政治家は、日本もイギリスも変わらない。子ども時代には日本でも政治ネタの笑いを日常的にテレビで放映していたのに、いつからかNGになったようだ。

 

「シャレのわからないやつ」

王室を笑えるイギリスで、政治家がもし、俺たちを笑うな、という態度をとったら、きっとそんなレッテルを貼られて、さらに侮辱を受けると思う。

 

庶民を信じて外に出ていける女王が、そんな開かれたムードをつくった。庶民の笑いをとりあげるようなことをしなかった。

 

エリザベス女王は、いつも人々とともにあった、と思う。

黒柳徹子さんが、女王に会ったときの感想を、こう話している。

「気品もあるけれど、とても素直でチャーミングな人」

 

黒柳さんらしい。でも、こうした発言にかみつく人だっていそうだ。

「女王陛下を、一介の芸能人が評価するなんて、けしからん」

 

きっと彼女の周囲には、そんな偏狭な人は置かれなかったにちがいない。

 

エリザベス女王は、人を人として見ていた。

「生涯、人に尽くす」

25歳で即位したときに、彼女はそう宣言したという。25歳の覚悟。

 

一年しか滞在したことのないイギリス。

でもエリザベス女王にはずっと親しみを感じていた。さみしい。

 

ああ、安らかに。