「魚、食べないねえ…」

と何度か言われた。高校生活を終えようとする頃だった思う。

それ以来、ことあるごとにこの言葉が頭をよぎった。

なぜそう思われるのだろう。

 

天ぷらも寿司も好きだ。うなぎは大好物。

かまぼこだってはんぺんだって真っ先に手が出る。あまり得意ではなくても、空腹時には魚肉ソーセージも丸かじりしていた。

紅鮭を、とてもうまいと感じるし、かつ箱で削ったおかかなど、焼きのりとともに、たきたてごはんの粋だと思う。

 

昔から魚の味は好きだったはずだ、と30歳の頃まで思い返し続けて、確信を持った。

 

なぜ、魚を食べないと思われていたのか、ある日、理由らしきものになんとなく気づいた。

その一。骨をさばくのを面倒に感じていたから。

その二。家庭で出る魚メニューはほぼ、焼き魚だけだったから。

 

鮭、ししゃも、ごくまれに干物。母の魚のおかずは、水分がほとんどない。

「ブリテキ」と母が呼ぶ、ぶりの照り焼きだけは、たれの水分が添えられるけれど。

こうしたおかずは、干物以外、骨をさばく手間がほぼ不要だった。鮭やぶりの切り身は、骨のある場所が限定的だし、ししゃもは頭から食べればよい。

 

煮魚は、家庭ではほぼ食べたことがない。食べようを知らないから、外食時にメニューに目がいかない。なけなしのこづかいで友人と食事をするときに、身近でない料理は、失敗がこわくてたのめない。冒険には金銭的なゆとりが必要だ。

 

なによりも、やせてはいても、普通の18歳男子の食欲を満たすには、肉系のほうが適当だった。空腹時には、ボリューミーで油っぽく腹にたまる揚げ物系や、量はなくてもカロリーだけは高いソース焼きそばなどが、まっさきに頭に浮かんでしまう。

 

「腹へったね、何か食べてこうよ」

「じゃあ、寿司にするか?」

社会人になれば、そんな会話ができるけれど、普通の高校生が、友人に、寿司やてんぷらやうなぎを提案したら、その瞬間、空気が止まって、天使が通り過ぎる。

 

冗談にしては高校生の生活からかけ離れ過ぎている言葉を、どう受け止めたらいいか、友人たちは、頭をぐるぐるさせてしまうだろうし、やがてシャレとしても受け入れづらいなあ、というムードが漂うはずだ。メンバーによっては、「ばかじゃねえの」と吐き捨てるようなリアクションになりそうでもある。

 

自分の空腹を、自分のこづかいで満たすこと。高校生男子の大問題のひとつだ。友人の食べ物の好き嫌いへの関心など、アレルギーを大っぴらにしていないかぎり、もたない。

 

だからこそ、誰が「魚、食べないねえ」と言ったのか、謎は深まる。

 

「エビフライ、好きよね」

僕のエビフライ好きは、親戚中が知っていた。カキフライもイカフライもホタテフライも、魚介系のフライは、全部好きだった。

海老や貝を「魚」とみなすかどうかはともかく、「彼は魚嫌いだ」という評判は、親戚のなかでは立っていなかったと思う。

 

たぶん、それは、ある友人の家、での言葉だったのだ。

彼の家は、まかないつきの下宿を経営していた。二階に下宿人用の三畳間が並び、彼らのための夕食は、一階のダイニングめいた場所に用意されていたらしい。

 

僕が遊びに行くようになった頃には、下宿人はわずかにいただけだったけれど、その家の子、つまり僕の友人兄弟が食べ盛りを迎えていた。その家の夕飯の食卓に、かなりの量と品数のおかずが並んでいたのは、下宿全盛時の名残りもあったのだと思う。

 

そのなかに、魚料理が多かったのかも、と思う。当時は東京でもまだ、肉食と同じくらい、あるいは肉食より魚食が一般的だった。

 

しばしば夕飯を食べてお行き、と言われた。

なんでも好きなものを食べなさい。

目の前に置かれた多くの料理から、食べやすいものばかりをとって、食べた。

煮魚などがあっても手を出さなかった、と思う。

 

おばさんはそれを目ざとく見切っていたのだろう。

 

料理をするようになってから、僕でさえ、自分のつくったものの評判が気になる。

僕の場合には、ちゃんと手が伸びるような味付けになっているのかが気になるだけだけれど、長年、下宿生を預かっていた人がもっと別の視点を自然と身につけているのは、当然だと思う。

 

若い人たちがきちんと栄養をとれているか、好き嫌いはないかなどを観察し注意を払う。

おばさんには、僕が、魚を食べない子、として見えていたのだろう。

 

「魚、食べないねえ」

おばさんが言ったその言葉は、確かに僕を評するのに正しかったのに、僕はいつしか勝手に、僕は魚嫌いと思われている、とすり替えてしまっていたようだ。

確かに僕は、あの頃、人前で魚を食べなかった。