立秋が近づいているのに、この2,3日、東京はもっとも暑い。

 

買い物へ行かなくてはならない土曜日。朝早く、開店とともにスーパーへ向かった。

スーパーは隣駅に近い。我が家の立地では、隣駅のスーパーへも最寄り駅のスーパーへも、歩行時間はほぼ変わらないけれど、隣駅のスーパーへは、初めにかなりの急坂を上らなくてはいけないから、夏の盛りには、逡巡するし、時間を選んでしまう。

 

さいわい、この朝は、湿度こそあったものの、気温は思ったほどではなかった。日差しもあるけれど雲と半々だった。

 

2軒のスーパーをはしごして、帰途に就く。

山手線の線路際を歩く。途中、山手線を見下ろすように橋がかかっている。むこう側は、春なら桜並木に人々がそぞろ歩く。

むこうから橋を渡ってくると、すぐに公園があるけれど、橋からまっすぐに公園へ道が通じているわけではない。ほんの少し道がたがいちがいになって、公園のわきを抜ける。

 

僕は公園側を歩きながら、橋に差し掛かろうとしていた。そのむこうに公園が見えている。

朝、10時。出ている人はそう多くはない。それでも公園には人が遊び、歩いているとすれ違う人も、追い越す人もいる。

 

むこうの桜並木から、一台の自転車が橋をわたろうと曲がってきた。

こぎ手は、乗り慣れていそうな、比較的ほっそりした30代のふつうの男に見えた。軽やかに道を曲がる。

 

そのとき。

自転車乗りは、左手を高く天にむかって突き上げた。

まっすぐに伸ばした腕の先。人差し指が天を示している。

首はまっすぐ前を向いたまま、動かしもしない。腕だけが動く。

 

橋をわりり切り、じぐざぐの道を2度曲がって、公園の横を通り抜けた。

曲がるたびに、彼は、左腕を天に伸ばして、指さす。

直線になるとおろし、すぐにまた。天に向かって指さす。

 

そして消えていった。首は前を見据えたままだった。

 

僕は、彼を見送ってから、空を見上げた。

 

雨を含んだ鼠色の雲が空を覆い始めていた。青空のスペースは半減していた。

雲が空を支配するまでにそうかからなそうだ。

昼前には雨も降り始めるだろう。

 

3つの台風が近づいていて、今夜には東京も勢力圏に入る、と予報されていたことを、自転車乗りの指先は思い出させた。

 

明日、東京オリンピックが閉幕する。

閉幕直前になって、東京オリンピックを招致したさいの「ノート」と呼ばれるものが公になった。

「東京は温暖な地です。とくに夏は、快晴の日が多く、スポーツには最適です」

 

そう売り込んていたらしい。

 

暑すぎると、あちこちから文句が出た。テニスの選手がプレイ時間の変更を求めた。

「快晴の日」が多く、「温暖な東京の夏」のオリンピックは、台風とともに閉幕する。