何冊目かに買った文庫本「シャーロック・ホームズの冒険」を実家から持ってきた。

延原謙訳。初版は1953年。相当に昔の文章。

さらに。開いてみると、活字が小さいうえにぎっしりとしていて、読みづらそうだった。

僕は、一度本を開いて、読まずに閉じた。

 

5時間後に読み始めて驚いた。

固い表現も文語に近い言葉も多い。でも、文章にリズムがあるし、言葉のピックアップが的確で、とても読みやすい。

 

そりゃあそうか…。12歳の僕が、寝床に入って集中して読んだ本だ。

子どもには難しい表現が多く、理解しづらいため、よく同じパラグラフを行ったり来たりしていた。数行しか読み進めないまま眠りに落ちてしまうこともあった。それでも、毎晩、読むのが楽しみだった。

 

著者のコナン・ドイルがホームズを魅力的に仕上げているのはもちろんだ。曇りのない目でものを観察して、きちんとした論理を組み立てさえすれば、僕も将来、ホームズのようになれるだろうか…。すぐにいろいろなことを推察できたらすてきだろうな、と希望を持った。

事件の解決と同じくらい、ホームズが依頼人の職業や生活環境を推理するくだりに、わくわくした。ホームズとワトソンの会話や関係性も興味深かった。

 

でもこの本の魅力はそれだけでなかった。

当時はアメリカ以外の海外ドラマなんて、ほとんどなかった。イギリスやヨーロッパの映像に出会うのは、たまたまテレビで放映している、吹き替え版の映画のみだった。

 

それくらいのイギリス体験しかないのに、僕は、ホームズの世界を想像し、のめりこんだ。

 

それはきっと、翻訳者の延原さんのおかげもあったのだと思う。

「ああ、すごい翻訳だ。まるで小説家のような文章だ」

ほぼ50年ぶりに読んだ最初の感想。

明治時代以降、翻訳は、ただの言葉の移し替えではなく、文学のいちジャンルとみなされていたようだ。名翻訳のおかげで日本人の記憶に残ることになった海外文学はいくつもあるらしい。

 

言葉の的確さやリズムの心地よさが柱になって、ホームズのしぐさ、ロンドンの街の息吹、四輪馬車の姿などが本当によく伝わってくる。テクニックだけでなく、原本に対する翻訳家の熱意が、想像力をかきたてる原動力になっていた。このすてきな翻訳で(小学生向けの抄訳ではない)読めたから、僕はホームズの世界を好きになれたのだと思う。

 

その一方で、その後、困ったことも起こった。

延原謙訳では、ホームズはワトソンを「ワトスンくん」と「くん」づけで呼ぶ。12歳の僕には、親しい友人を「くん」づけで呼ぶことに違和感があった。当時の男子どうしは、たいてい呼び捨てだった。「くん」づけは、僕の周辺では、よそよそしさの表れだった。

 

大人は、親しい友人でも「くん」づけで呼ぶのかな…。

でも、父は、友人は呼び捨て、ビジネスの関係者は「××さん」と呼んでいた。「くん」づけで呼ぶのは、僕や弟の友人の話をするときくらいだった。

 

だから僕は、(アメリカではファーストネームで呼び合うみたいだけれど)イギリスでは、友人を「くん」づけで呼ぶような関係が普通なのかもしれない、と思うことにした。

でもそれは、ある意味、無理やりの思い込みだった。というのは延原訳では、一方のワトソンは、ホームズを「ホームズ」と呼んでいて、関係性がフェアでないように思えたからだ。

 

数年後、別の会社が別の翻訳者で出版したホームズを読んで、このもやもやは、再燃した。

その本では、ホームズがワトソンを呼び捨てにしていたのだ!

強烈な違和感を抱き、混乱もした。僕のなかには、延原訳のホームズが刷り込まれていたから。

 

さらに。延原訳では「ワトスン」になっていたのが、こちらの本では「ワト「ソン」」だったのだ。

「スンとソン、どっちが正しいんだ?」

 

当時は、英語のこうした疑問に答えてくれる大人は、僕の周辺にはいなかった。学校の先生にたずねることも思いつかなった。

 

今なら発音上の問題だから、「どっちもあり」だと、わかる。

ホームズとワトソンの関係だって、敬称をつけるかつけないかが問題なのではなく、その関係性が正しく伝わる言葉をピックアップしていれば、それでいいと思う。延原さんは、それぞれの性格を考えると、ホームズがワトソンに「くん」をつけて呼ぶほうが、小説としていきいきとするし、ふたりの関係性をスムーズに伝えられると判断したのだろう。

 

翻訳だからこそ抱いた疑問だったし、その疑問を抱えたからこそ、海外文化への目が開けたのだと思う。

 

そのおかげか、十数年後、僕はロンドンに降り立った。

暮らし始めて少しゆとりが出た、到着1週間後、僕はベーカー街をたずねた。221の住居表示の建物には、ホームズのシルエットの描かれたプレートがはめ込まれていた。