ハイドンは”交響曲の父”と呼ばれ、自身も104曲に及ぶ交響曲を書いています。

 

特に「第93番」から最後の「第104番」までを含む「ザロモン・セット」が有名で、その中には”びっくりシンフォニー”として知られる「第94番」や”軍隊”、”太鼓連打”といった愛称の付いたものの人気が高いです。

 

今回紹介するのはクルト・ザンデルリンクと云う指揮者がベルリン交響楽団を振ったハイドンの「第82番」から「第87番」までの6曲から成る「パリ・セット」のCDです。

 

 

ハイドンのエッセンスが詰まったような曲ばかりで、「ザロモン・セット」などより余程聴き応えがあるようさえ思えます。

 

🔷クルト・ザンデルリンク

 

ザンデルリンクは何となくソビエトの人かなと思ってましたが、東ドイツの人だと云うことを遅ればせながら知りました。

 

多分、レニングラード・フィルの第1指揮者としてあのムラヴィンスキーの下で研鑽を積んだということを何かで読んだことがあったための思い違いです。

 

この人は私と同世代(60代後半から70代前半)の人には、当時一流と認められていたフルトヴェングラー、ワルター、ベーム、カラヤン、クレンペラーなどに比べると2段階くらい下に位置する指揮者という認識だったんじゃ無いでしょうか。

 

言ってしまえば、”あえて聴くまでもない”指揮者。

 

私のブログで何度も書いているように、レコード芸術に載る音楽評論家の単なる感想に過ぎないレコード評を、さもそれが真実のように感じ、それを頼りにするしか無かった時代のことです。

 

今のようにそれこそ何でもyoutubeで聴ける時代に音楽を聴く楽しみを覚えた人が羨ましい。

 

カラヤンだって散々叩かれまくってましたから。

 

思えばレコード芸術が面白くなくなったのはカラヤンがなくなったから。カラヤンがいたからこそベームが脚光を浴び、チェリビダッケなどと云う指揮者にも注目が集まった訳です。それどころかクラシックも今ほど聴かれて無かったかも知れません。

 

どんな分野にでもエポックメイキングな人がその時代時代に出てきますが、今なら大谷翔平とか藤井聡太とか、カラヤンはその中でも飛び抜けた存在だったと思います。

 

ちょっと話が逸れましたが、私が読んだ終わりの時期にザンデルリンクが出したブラームスの「交響曲全集」に高評価が集まったことを覚えています。

 

ブラームスは聴いていませんが、このハイドンを聴けば納得です。

 

🔶ザンデルリンクの「パリ交響曲」

 

「交響曲第82番」が鳴り始めた瞬間に、”これは立派な演奏だ”と感じます。

 

”立派な”という形容詞は演奏にはそぐわないと思いながらも、”立派”という以外適当な言葉が思いつきません。

 

真面目なという言い方も出来るかもしれませんが、それではこの演奏の面白さを伝えられません。

 

誤解を恐れずに言えば、”ハイドンの書いたスコアの忠実な再現”です。正しく(これもちょっと意味不明ですが)演奏すればハイドンはこんな素晴らしい音楽を書いたんだということが伝わってくるような演奏。

 

シューマンがシューベルトの「第9番”グレイト”」を評して、”天国的な長さ”と言ったこと。吉田秀和さんは的確な表現でその演奏を表すことができることこそ音楽評論家に求められることと語った時に例に挙げた事例です。

 

私などにはとうてい無理な話です。

 

🔶「交響曲第82番”熊”」

 

冒頭のリズミカルで勢いのある出だし、どこかモーツァルトの交響曲第25番を思わせます。もちろんモーツァルトの方が後輩です。

 

”熊”という愛称は第4楽章に”熊使い”、猿回しの熊版といったところでしょうか、を思わせるフレーズがあるからだそうです。

 

ザンデルリンクの指揮は全く持って男らしいというか、カラヤンのようにフレーズ一つ一つを磨き上げるというタイプとは真反対な指揮者だと感じます。

 

ショルティみたいとも言えますが、ザンデルリンクはもっと人間的な温かさを感じさせます。これはオケがベルリン交響楽団ということも大きく関係するはずです。

 

”ベルリン交響楽団”というオケは一時期2つあって、一つは西ドイツにあって、今回ザンデルリンクが指揮しているのは東ドイツのオーケストラで、そもそも彼を指揮者として立ち上げたオーケストラとのこと。今はベルリン・コンツェルトハウス管弦楽団と名を変えているようです。

 

東ドイツのオーケストラといえばドレスデン・シュターツカペレが有名ですが、特別な味わいがあってベルリン・フィルやウィーン・フィルに負けていません。このベルリン交響楽団もちょっとドレスデンに似ている感じがします。

 

ハイドンの交響曲は正直ちょっと飽きてしまうような所があるのですが、ザンデルリンクで聴くと全くそんな気がしません。

 

このCDはデンオンからでています。デンオン・レーベルではスーク・トリオだったりスメタナ四重奏団のレコードでその無垢というか自然な音の録り方に好感を持っていましたが、確かにここでもそんな響きがします。

 

「交響曲第82番”熊”」気に入りました。

 

 

🔶「交響曲第83番”めんどり”」

 

”熊”の次は”めんどり”。

 

もちろんハイドン自身の命名ではありませんが、第1楽章の第二主題にそれを思わせるところがあることからそう呼ばれるようになったそうです。第二主題は”コケコッコー”なのかと思うとそうではなく、”クワァ、クワァ、クワァ”と鳴いてる感じ。

 

ト短調らしい響きで始まります。

 

”ト短調”といえばモーツァルトです。先ほど例に挙げた「第25番」と「第40番」はモーツァルトが短調で書いた特別な曲です。

 

「第82番」がモーツァルトの「第25番」を思わせると書きましたが、「第82番」はハ長調で書かれていています。ハ長調でト短調を思わせるとは中々の業師です。

 

この第2楽章、私が知っているハイドンとはちょっと様相が違います。そのままロマン派に繋がりそうな感じがします。

 

私が指揮者だったらもっとニュアンスを込めたく成るようなフレーズが沢山ありますが、ザンデルリンクはそこをグッと抑えて敢えて淡々とした指揮ぶりですが、逆にそれがハイドンの音楽を一段の二段も素晴らしく聴こえさせているのかも知れません。

 

「交響曲第83番”めんどり”」、ニュアンスの宝庫のようないい曲です。

 

ところで、この録音の音源がyoutubeにないか探したのですがありません。やっぱり人気はないのですね。素晴らしい演奏なのに残念です。

 

🔶「交響曲第84番」

 

この曲には愛称がありませんが、一部では聖歌の一節を取って”イン・ノミネ・ドミニ”と呼ばれることもあるそうです。

 

確かにどこか宗教的な雰囲気を感じさせます。これは「ザロモン交響曲」にはないものです。

 

ところで、かなり昔のことですが突然機械的というか即物的なブラームスが聴きたくなってショルティ/シカゴの全集のレコードを買ったことがあります。

 

結果余り面白くなくその後殆ど聴かないまま、いつかどこかへ行ってしまいました。その時はまだザンデルリンクの全集は出ていなかったのですが、もし仮にそれがザンデルリンクだったら間違いなくハマっていたと思います。実際には聴いたことがありませんが確信できます。

 

じゃあ、ザンデルリンクが機械的、即物的かというと全く違って、さっき書いたことに反するようですが、ザンエルリンク流のニュアンスの込め方が素敵なのです。やり過ぎず、節度があるのに、一旦聴き始めると途中で止められない魅力に溢れているのです。

 

「交響曲第84番」は宗教的な雰囲気はあるものの、全体的に平板な感じなので普通に演奏しただけでは面白くも何ともない曲だと思いますが、それをここまで聴かせるのはやっぱりザンデルリンクは並の指揮者じゃない。

 

 

🔶「交響曲第85番”王妃”」

 

愛称の”王妃”は、あのマリー・アントワネットのこと。彼女がこの曲を特に気に入っていたことからそう呼ばれるようになったそうです。

 

若くして断頭台で処刑されたマリー・アントワネット、本来教養の高い人だけに育った環境が悪かったとしか言えません。

 

「第84番」の流れを汲むような曲想で始まりますが、どこか高貴さを感じさせる始まり。マリー・アントワネットの事があるからだけでなく、どこか悲劇的な雰囲気を持っています。

 

モーツァルトがまだ幼い頃、宮殿の床で滑って転んでしまった時、手を差し伸べたのが7歳のマリー・アントワネットでした。彼女に向かって「大きくなったら、僕のお嫁さんにしてあげるよ」と言った話は有名ですね。

 

”王妃”の名に相応しい曲です。

 

 

🔶「交響曲第86番」

 

「パリ・セット」も残すこと後2曲となりました。

 

この曲、今まで聴いたきた交響曲とはちょっと雰囲気が違います。違いは微妙なものですが曲のステータスが一段上がった感じがします。

 

”本格的”、そんな言葉が似合いそうです。

 

全体にこの「パリ・セット」は「ザロモン・セット」のような聴き手に媚を売るというか、ツボを押さえたような曲作りとは一線を画しています。

 

パリとロンドンの違いから来るのでしょう。まだ一曲残っていますが、私は断然パリ派です。

 

 

🔶「交響曲第87番」

 

いよいよ大詰め、「第86番」が素晴らしかっただけに期待大です。

 

しかし聴き始めると、”あれっ”という感じ。悪くはないのですが、雰囲気が少し前に戻っています。

 

で、調べてみるとこの6曲の作曲順は、

 

「第83番”めんどり”」

「第85番”王妃”」

「第87番」

「第82番”熊”」

「第84番」

「第86番」

 

という事でした。

 

この「第87番」では木管の心地よい響きが印象的で、華美な面も備え、また弦楽の落ち着いた響きも素晴らしく、聴き始めた時に感じた”あれっ”という感じはいつの間にか無くなっています。

 

どれもこれも素晴らしい曲ばかりでした。

 

 

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「パリ交響曲」、「ザロモン交響曲」だけを聴いて”ハイドンはこんなものかと高をくくっている方に是非聴いて頂きたいです。

 

ここには全く違うハイドンがいます。