久しぶりにクラシックを落ち着いて聴いています。

 

季節の変わり目のせいか何か落ち着かない気分が続いていましたが、先日息子夫婦たちと名古屋に出かけて一部で話題の「安芸高田焼き」を食べたり、名古屋城観光をしたりして気分が盛り上がってきたように感じます。

 

何を聴いているか?

 

カルロ・マリア・ジュリーニがウィーン・フィルを指揮したブルックナーの「交響曲第7番」です。

 

 

ジュリーニは好きな指揮者で、スカラ座オケとの歌に満ちたベートーヴェンなんか良かった。

 

🔷ブルックナー「交響曲第7番」

 

ブルックナーは大好きですが、どちらかというと番号の若い方のものが好みに合います。まだまだベートーヴェン風の造形がしっかりしているものですね。

 

「第3番」「第4番」「第5番」などは本当に素晴らしい。

 

「第7番」「第8番」になってくると、どうもフィナーレが弱く感じてしまいます。対して「第9番」はフィナーレを欠いた未完成作品ですが、それが奏効してブルックナーの最高傑作ではないかと感じています。

 

🔶ジュリーニのブルックナー

 

ジュリーニはウィーン・フィルと「第8番」「第9番」を録音していたと思いますが、総じて遅めのテンポを貫きます。

 

第1楽章、これはもうブルックナーが素晴らし過ぎます。「第8番」なんかもそうですが第1楽章は本当に立派で素晴らしいのです。

 

第2楽章、ブルックナーの弦楽の素晴らしさが堪能できる楽章です。ブルックナーを聴き始めた頃は金管のファンファーレーレばかりに気を取られていましたが、学生オケで「第4番」の2ndヴァイオリンを弾いて弦楽パートの充実を知ってから聴き方が変わりました。

 

ジュリーニはちょっと粘着気味ではありますが、これでもかと云うくらい気持ちを込めます。そして爆発的なクライマックの後、作曲中にワーグナーの訃報を聞いて急遽追加した葬送の部分の素晴らしさ、もちろんブルックナーが素晴らしい訳ですが、ジュリーニで聴くとその諦念の気分が更に増す感じです。

 

ここまで聴くと「第7番」は最高の音楽だといつも思います。

 

延々と同じリズムが繰り返される第3楽章、ここは誰の指揮で聴いてもちょっと飽きてしまいます。もちろんトリオでそのリズムから外れるのですがブルックナーとしては普通の出来のように思えます。ジュリーニの粘着力の強い指揮もここではそれほど効果的ではありません。

 

第4楽章、前の楽章でちょっと集中力が欠いてしまった耳に再び素晴らしい音楽が聴こえてきます。始まって暫くするとブルックナーらしいフルートが聴こえてくるのですが、そう言えば今まで木管ってあまり目立っていなかったな、と思います。

 

ブルックナーで時おり聴こえてくる木管の素晴らしさは弦楽の充実に劣らない魅力なのですが、ジュリーニはあえてそこを強調してくれません。ジュリーニに不満があるとすればその部分だけです。

 

せっかくのウィーン・フィルの木管が勿体無い。

 

そしてブルックナーらしい長いクレッシェンドで音楽が盛り上がるのですが、最後の唐突とも思える終わり方にはいつ聴いても、”アレッ”と感じてしまいます、物足りないのです。

 

このフィナーレの物足りなさは、ベートーヴェンの「ミサ・ソレムニス」「交響曲第9番」の終わり方と同じような感じで、”余韻を残す”という事なのかも知れませんが、どうも私には馴染めないというか、最後はちゃんと締めて欲しいと思うのです。

 

皆さん、いかがでしょうか?

 

ジュリーニの最後の部分を載せておきます。