今回は、素晴らしい弦楽四重奏曲のCDを持ってきました。

 

ドビュッシー「弦楽四重奏曲」、ベートーヴェンを除けば最高の弦楽四重奏曲だと思います。

 

私が持っているのはジュリアード四重奏団のものです。

 

 

輸入盤です。埼玉にいた頃、よく秋葉原の石丸電気の何号館だったか、あるいは本店だったかに凄い量の輸入盤を扱っているフロアがあって見ているだけで幸せな気分だったのを覚えています。輸入盤の中には驚くほど安いものがあって、時には知らない曲でも構わず買っていました。

 

このドビュッシーもそんな風にして手に入れたものだと思います。もちろん曲名は分かって買っているのですが、演奏がジュリアード四重奏団ということはずっと後になってジャケットを見て知りました。

 

というのも、曲があまりにも衝撃的で演奏団体まで気が回らなかったのです。

 

🔷ドビュッシー「弦楽四重奏曲」

 

冒頭の2つの和音だけで一気にその音楽に取り込まれてしまいます。この曲はフランクの循環形式を用いているように、音楽史の大きな流れの中に位置するのは確かなのですが、私にはどうしてもその大きな流れの外にポツンと生まれた音楽としか思えません。

 

第2楽章のピチカートなんか、ピチピチした筋肉を持つチータのような獣が絡み合っているように聞こえます。これはジュリアードだからかも知れません。

 

そう思うと第1楽章冒頭の2つの和音は獣の雄叫びようにも思えてきました。

 

第3楽章は夜の音楽、獣たちも眠りにつきます。

 

第4楽章の冒頭ではまだ第3楽章が続いているかのようですが、やがて目覚め、第1楽章の世界が戻ってきますが、第2楽章で印象的だったピチカートも顔を覗かせます。

 

こうやって書いていて分かりました、この曲のどこにそんなに惹かれているのか。この音楽の持つ”生々しさ”です。

 

こんな音楽を他に知りません。

 

この曲はドビュッシーを印象派として決定付けた「牧神の午後への前奏曲」の前年に書かれていますが、この曲も十分印象派的です。

 

これは是非聴いて頂きたい。

 

このCDは1989年に録音されたものですが、何故か私が推す演奏が動画に上がっていることが少なく、貼り付けた動画は1959年録音のもので微妙に印象が違いますが、これはファースト・ヴァイオリン以外のメンバーが違うせいなのでしょう。

 

もちろん、ドビュッシーの素晴らしさは十分伝わるかと思います。

 

 

 

🔷ラヴェル「弦楽四重奏曲」

 

このCDにはドビュッシーの他に、ラヴェルとディテユーのものが入っています。

 

ラヴェルは決して印象派ではありませんが、この曲は明らかにドビュッシーへのオマージュです。

 

第1楽章もまるで兄弟のような音楽で、第2楽章のピチカートなんかそのままと言ってもいいくらい。

 

第3楽章にはドビュッシーの第1楽章のあの二つの和音が潜んでいます。第4楽章がゆっくりした序奏部を持つのもドビュッシー譲りです。

 

ここでラヴェルは循環形式を面白い形で使っています。最後にドビュッシーのものが顔を出すのです。ドビュッシーがこの曲を絶賛したのもうなづけます。

 

もしドビュッシーを知らずにラヴェルを聴いていたら、多分絶賛していたことでしょう。

 

 

🔷デティユー「弦楽四重奏曲”夜はかくの如し”」

 

デティユーはドビュッシーやラヴェルよりずっと後の完全に20世紀の人です。

 

形式からして短い音楽がいくつも連なっている感じで、このCDのトラックで言えば12のトラックに分けられていて、多分導入的であったり間奏的なものがあってどうやら全体としては7つの楽章から成っているようです。

 

ここまで聴いてくると、ジュリアードがこの3人を集めた理由が分かってきます。オリジナルのドビュッシーとそのオマージュを書いたラヴェル、そのまたオマージュを書いたデティユーという感じでしょうか。

 

デティユーは完全に20世紀の人なので無調の音楽です。ただ調性感も多分に感じられるので意外と聴きやすい曲です。

 

ただここまで色々な音楽が錯綜してくると、もう全体像が掴めなくなってきます。もちろんそれは何回も聴けば解決するのでしょうが、ちょっとそこまでして聴こうとは思えませんでした。

 

実はこのCD、普段聴く時はドビュッシーだけで終わる場合が多いのです。