”曲名はよく知っているし、名曲であることも知っているが、実は聴いたことが無い”という曲の代表格がバッハの「マタイ受難曲」なんじゃないでしょうか。
まあ、それは私の勝手な思い込みとしても、歌詞があって一々対訳を見て聴くのも面倒だし、そもそも長大なことは聴く意欲を削いでしまいます。
100年以上も忘れられていたバッハの作品が今のように永遠の名曲として認められるきっかけになったのが、メンデルスゾーンによる「マタイ」の蘇演にありました。
せめて一度や二度、できたら三度、四度と聴いておきたい名曲です。
リヒター/ミュンヘン・バッハ管弦楽団、合唱団が1956年に録音した演奏があればひとまず事足ります。
今回はかなり長くなりますが、お付き合い願えれば幸いです。
第1曲(全曲の序奏にあたります)
ここは外せません。何ならこの第1曲だけ聴いて終わってもいいくらいに良くできた曲です。その辺のオペラが顔色を失ってしまいそうな、その後に続く聖書の物語を予見した音楽になっています。
動画は「オペラ対訳プロジェクト」さんのもので、字幕付きでいつも重宝しています。
第2曲からいよいよ聖書に書かれた物語が始まります。”ユダの裏切り”、”ペテロの否認”、”ゴルゴダの丘”などが、まるで映画さながらの迫力で描かれていきます。
バッハはその物語の所々に素晴らしいコラールを挟みます。第2曲で早くもその一つが登場します。
さてこの曲は基本的に、エヴァンゲリスト(伝導者)によるレチタティーヴォが物語の進行役を務め、場面場面をイエスだったり色々な登場人物を歌手が演じ、そしてバッハは民衆の声を合唱で歌わせます。
このエヴァンゲリストのレチタティーボがちょっとしたつまづきの元になるかも知れませんが、要は慣れの問題です。
第1曲に続く場面でエヴァンゲリストとイエスが登場ます。
エヴァンゲリストをエルンスト・ヘフリガー、イエスをキート・エンゲンが歌っていますがいい声ですよね。
案外抵抗なく聴けませんか。先ほど聴いて頂いたコラールはこの後に続いて出てくる訳です。
特筆したいのはこの曲での合唱の扱い。この曲には2組の合唱が要求されていますが、それは教会内でのステレオ効果を狙ったに違いありません。
「マタイ」は大きく第1部、第2部と分かれていますが、第1部の終わりにユダの裏切りと、イエスの捕縛のシーンが描かれますが、後半における合唱の扱いの見事さをお聴き下さい。
そして第1部は再び壮大なコラールで閉じられます。
第2部は不当な裁判によりイエスがゴルゴダの丘で磔にかけられる様子、そして埋葬までが描かれます。
バッハの書いた音楽は一々見事なのですが、その中でも特筆すべきなのが”ペテロの否認”の場面で歌われるヴァイオリンのオブリガートを伴ったアルトのアリアです。
初めて聴いた時は、こんな美しく哀しい音楽が他にあるだろうかと感動しました。ここではヘルタ・テッパーが歌っています。
音楽的には「マタイ」の頂点はここにあるとさえ思っています。
流石に少し長くなりました。全曲の終曲を聴いて終わりにしたいと思います。”人類の至宝”とまで言われる「マタイ」の魅力の一端でもお伝え出来ていればいいのですが。