指揮者ならカラヤン、楽器奏者ならヒラリー・ハーンが大のお気に入りです。多分に両者に感じられる”完璧を求める態度”に好感が持てるのです。

 

つまり勢いに任せるというような所が微塵も感じられないということ。

 

もちろん人間ですから特にライブでは時にそういった事も起こりますが、そういった時でもどこか客観的に自分の演奏を聴いている感じがします。

 

ヴァイオリンで完璧と言えばハイフェッツですが、この人は曲によって(?)と思うようなものがあって、シベリウスとかプロコフィエフなどは素晴らしいのですが、バッハとなるとちょっと頂けません。

 

その点、ヒラリー・ハーンは何を聴いても素晴らしい。恐らくどんな曲に対しても同じ態度で臨むから、これはカラヤンにも通じます。

 

そんなヒラリー・ハーンが自ら”私の捧げもの”と言っているアルバムがあります。

 

 

シェーンベルクとシベリウスの「ヴァイオリン協奏曲」が入ったCD。バックはエサ=ペッカ・サロネン指揮のスウェーデン放送交響楽団。

 

🔶シェーンベルク「ヴァイオリン協奏曲」

 

ヒラリー・ハーン自身の寄稿文が載っていて、この曲は初めて聴いた時から魅了されてしまったと書いています。

 

この曲はシェーンベルクでも後期の作品で厳格な12音技法により書かれていて、ヴァイオリンに関してはメチャクチャ難易度の高い技巧が要求され、あのハイフェッツが作曲者から譜面を見せられた時、「指が6本無いと弾けない」とかブツブツ言って譜面を突っ返しています。

 

今では何人ものヴァイオリニストが演奏しているので、指使いの点では解決しているんだと思います。

 

同じ12音技法を使った、より有名なベルクの「ヴァイオリン協奏曲」がありますが、私には今だにさっぱり分かりません。

 

それに比べればシェーンベルクはずっと聴きやすいように感じます。ヒラリー・ハーンのツボを押さえたヴァイオリンのせいもありそうです。

 

ヒラリー・ハーンは”ほら、こんなに楽しく美しい音楽なんですよ”と弾いているのに対し、サロネンは現代曲っぽさを全面に出している感じですが、全く違和感が無いのはサロネンの合わせ方の上手さなのでしょう。

 

まだ曲自体をよく分かったという段階にはありませんが、思わぬ拾い物をした感じです。

 

🔶シベリウス「ヴァイオリン協奏曲」

 

世に言われる”三大ヴァイオリン協奏曲”、ベートーヴェン、メンデルスゾーン、ブラームスですが、私にはそれらを飛び越えた名曲です。

 

シェーンベルクが終わると間髪なく始まる感じで、スーッとヒラリーのヴィオリンが入ってきます。それを聴くだけで、技巧面よりもその音楽的魅力を表現しようとしていることが分かります。

 

この曲には正に快刀乱麻如く容赦ないテックニックで弾き切るハイフェッツの異次元の名演があって私はそれが一番のお気に入りなんですが、このヒラリーの聴いていると何とも幸せな気分に浸れる演奏も捨て難いです。

 

断っておくと、ヒラリーももちろん高度なテクニックの持ち主です。

 

この人は女性ヴァイオリニストにありがちな演奏中にその感情を表情にモロに出すタイプではありません。年を重ねることで演奏中に柔和な表情をのぞかせるようになりましたが、若い頃は、多分意識的にでしょうが、その陶器で出来た人形のような端正な横顔を1ミリも崩さず難曲を弾き切る様は、感情移入の激しい女流演奏家にちょっと嫌気を覚えていた私には一服の清涼剤のようでした。

 

参考までに2000年にヤンソンス/ベルリン・フィルの来日公演でのショスタコーヴィチの「ヴァイオリン協奏曲第1番」のフィナーレをご覧下さい。

 

 

ヒラリーは寄稿文の中で、多くの人が最初から好意を抱くこの曲には馴染めなかったと書いています。シェーンベルクへの共感といい独特の感性の持ち主のようです。

 

しかし、人気曲だけにヒラリーもあちこちで演奏を重ねています。その一旦の回答といった所でしょうか。

 

ハイフェッツのバックは確かヘンドルとかいう指揮者だったと思いますが、そのストレートで盛大な鳴らしっぷりはそれはそれで好感が持てるものでした、ここでのサロネンは表情豊かな指揮ぶりですが、時にそれが過剰に感じる部分があったのも確かです、

 

この曲はロマン派らしくヴァイオリンを全面に出した曲なので、指揮、オーケストラが全体の出来栄えに関与できる部分は割と少なくなっているので、案外ヘンドルのようなやり方が正解、ヴァイオリンを邪魔しないという意味で、かも知れないと思ったりした次第。

 

ヒラリーのどちらかというとゆっくりした部分に焦点を当てたような演奏ぶりは第1楽章、第2楽章はさておき、第3楽章でもそのままなのか、それとも豹変するのか。

 

第3楽章は無難な演奏なのですが、ここでアレッと思ったのがヒラリーのヴァイオリンってこんなに軽い音だったっけということ。

 

ハイフェッツの凄いところの一つが、どんなに弱音でも速いパッセージでも完全に楽器が鳴っている所。これプロでもそう簡単にできることではありません。

 

ヒラリーはもしかしたらそれを目指しているのだろうか?ちょっと音が上滑りしているように聞こえる所があったりました。

 

とにかくこのアルバムでヒラリーの主眼はシェーンベルクにあったのは確実です。