前回、ズヴェーデンのハイドンを聴いてその生気に満ちた演奏に驚いて、他に無いかと探したらハイドンの別の交響曲とストラヴィンスキーの「春の祭典」があったので、「春の祭典」を聴いてみようと思います。

 

 

こちらのオーケストラはオランダ放送フィルハーモニーで、ハイドンでは”室内”が入っていましたので、編成としては大きくなったものと思われます。

 

🔷「春の祭典」の演奏について

 

私にはこの曲の演奏については2つの規範となる演奏があります。

 

一つはこの曲の本来持つ”野蛮さ”を隠さず打ち出したマルケヴィッチのもの。もう一つはこの曲を古典の枠にはめてしまったカラヤンのもの。

 

ブーレーズがリズム構造に秘められた論理性を発見し、演奏に活かしたものは一過性の流行りみたいなものだ思ってます。

 

ハイドンであれだけ生気に満ちた演奏を聴かせてくれたズヴェーデンだけに”野蛮さ”への復古を期待出来そうです。

 

🔶ズヴェーデンの「春の祭典」

 

”野蛮さ”への復古の期待は見事外れました。

 

ちょっとがっかりですが、それにはマルケヴィッチがあるのでまあいいでしょう。

 

じゃあ、どんな演奏か?

 

”音楽的”としか言いようがありません。思い返してみればハイドンは確かに生気に満ち、推進力のある演奏でしたが、じゃあ音自体が刺激的だったかというと全くそうではなく、音自体は素晴らしく磨かれていました。

 

この「春の祭典」での音の磨かれ方は全く同じです。ただ時折古楽器調のノンビブラートが聞こえてくるのはズヴェーデンの好みなのでしょうが、ちょっと嫌でした。

 

この演奏が好きか?と言われれば”悪くは無いよ”と当たり障りのない返答で済ましてしまいそうです。

 

まあ、そんな「ハルサイ」でした。

 

🔶バレエ音楽「ミューズの神を率いるアポロ」

 

この曲は余り注意して聴いた事がなかったのですが、演奏としては「春の祭典」よりかなり良かったです。

 

ストラヴィンスキーはその生涯において、ヴィヴァルディにその源泉を求めたり、12音技法に走ったり、その時々で書く音楽のスタイルが変わってきた人ですが、この曲は「春の祭典」に比べるとずっと古典寄りです。

 

こういう音楽になると、ズヴェーデンの磨かれた音で連ねるやり方はグッと存在感を増してくるようです。

 

しかし、この人工的とも言える音の美しさはどこからくるのでしょうか。録音マジック?もあるのでしょうが、ズヴェーデンの音の重なりに対する感覚が鋭敏なんだと思います。

 

演奏を聴いた感想は全く違うのですが、ある意味カラヤンがベルリン・フィルでやりたかった事と同じような気がします。

 

ただ、このように指揮者の個性が反映された演奏ができるといのは凄い才能だと思います。

 

youtubeにこの演奏の動画が無いのが残念です。