バッハの演奏でカラヤンを推す方は少ない、というよりいないのでは無いかと思います。
バッハのオーケストラ曲といえばリヒターであり、あるいは古楽器の指揮者が好まれているのが実情です。
今回の”私の視聴室”では、あえてカラヤンのバッハを聴いてみて、その正体を探ってみたいと思います。
🔶「管弦楽組曲第3番」
バッハの管弦楽曲といえば4つの「管弦楽組曲」です。どうも「ブランデンブルグ協奏曲」は好きになれません。
「管弦楽組曲」の中では、有名な「アリア」のある「第3番」が一番好きです。とにかく第一曲の出だしがいい。
ちょっと出だしの部分を、パイヤールで聴いてみましょう。(本当はモーリス・アンドレがトランペットを担当したリステンパルトで紹介したかったのですが)
輝かしいトランペットが印象的な堂々とした出だしが素晴らしい曲です。
と、ずーっと思ってましたがカラヤンで聴くと印象が一変してしまいます。同じ部分をカラヤン/ベルリン・フィルで。
力強さが影を潜め、朗々と流れるような印象です。確かにバッハは強弱記号など付けていませんし、冒頭部分にはグラーベ(荘厳に)と書いているだけです。
続く第2曲「エアー」。「G線上のアリア」として有名なメロディが素晴らしい。予想はしていましたがカラヤンはマーラーの「交響曲第5番」のアダージェットを予感させるような演奏を繰り広げます。
しばらく聴いてみましょう。
有無を言わせない、どこまでも美しい演奏です。個人的には味も素っ気もない古楽器による団体の演奏に比べたら数段も素晴らしい。
この後に続く、ガボット、ブーレ、ジーグもこの調子で進みます。
そんなに悪くない、というのが印象です。
🔶「ロ短調ミサ」
この曲は大好きで、リヒターの演奏を愛聴しています。
カラヤンのものはyoutubeではフィルハーモニア管弦楽団との古いモノラルのものしか見つかりませんでした。後にベルリン・フィルと再録しているのですが。
モノラルということで音場の広がりがなく、この曲の持つ壮大で荘厳な部分がそれらしく響かないのが残念です。
カラヤンは合唱が使われる曲で、ここぞという場所で”合唱の息がよく続くなと”と聴いていてドキドキするほどのフェルマータをかけますが、この録音でもそういう所があって本当に録音が残念です。
先の「管弦楽組曲第3番」とは全く違って、静謐という言葉が浮かんでくるような演奏です。カラヤン特有の美しい響きへのこだわりはあるものの、相手がフィルハーモニア管弦楽団ということもあるのでしょう。
全曲の最後、「アニュスデイ」「ドナノビスパセム」を続けてお聴きください。これぞバッハというものが味わえると思います。
🔶「マタイ受難曲」
先の「ロ短調ミサ」も2時間を超える大作ですが、ブルックナーやマーラーに慣れた耳にはそこまでの驚きもありません。
しかし「マタイ受難曲」の3時間半に迫る長さは、それなりの覚悟が要ります。
カラヤンは福音史家にペーター・シュライヤー、以下お気に入りのそうそうたる歌手陣を揃え、ベルリン・フィル、ウィーン楽友合唱団というこれ以上無いという布陣で挑みます。
フィルハーモニア管との「ロ短調ミサ」では鳴りを潜めていたカラヤン節が堪能できる演奏です。モノラルとステレオという違いも大きいのかも知れません。
私は普段定評のあるリヒター盤を聴いていますが、壮麗な第一曲から雰囲気が違います。リヒターは”さあ、これからキリストの受難が始まります。心して聴いて下さい”と言わんばかりの悲痛な叫びが聞こえてきそうですが、カラヤンは壮麗ながらあくまでこれから始まる物語の序曲として演奏しています。
いずれにしても素晴らしい音楽であることに変わりありません。
ただ、youtubeで聴かれる場合、カラヤンのものには対訳がありませんので、手元に対訳が無いという場合には、対訳付きのものを選ばれた方がいいです。
第一曲が終わると、いよいよ福音史家の先導によりキリスト受難の物語が始まります。この福音史家の歌うような語りが状況を説明し、キリスト以下の配役が独唱者に、民衆の声をコーラスが担当します。
バッハの書いた音楽に変な色気がない分、私にはオペラより随分聴きやすく感じます。
特に各所に挟まれるコーラスの美しさは筆舌に尽くし難いものがあります。第一曲が終わって最初のコーラス。
こんな美しい音楽が3時間半も堪能できます。
リヒターとの比較で言えば、リヒターは”民衆の声であるコーラスは美麗であってはならない”と言っていたかと思いますが、カラヤンは全く違います。
もちろん同じ楽譜なのでリヒターだって美しいのですが、カラヤンは殊更磨き上げています。この辺がアンチには理解されないのかも知れません。
一時間が過ぎた辺りで、裏切り者のユダがイエスにより自分達の立場が危うくなることを恐れた司祭長たちを引き連れてきて、イエスが捕縛されてしまいます。
イエスが連れて行かれる場面で、コーラスが”放せ、やめろ、縛るな!”と叫ぶシーン。バッハでもこんな演出をするんだ、と驚かされます。
器楽だけの序奏に続いて注目のシーンが始まります。
ここからイエスの裁判を経てゴルゴダの丘へと一気に物語は佳境に入っていきます。
有名なペテロの否認の場面で全曲の中で随一と言えるアリアが聴けます。
「マタイ」の歴史的録音として知られる1939年のメンゲルベルクによる録音。こ場面で戦争の予感に怯える聴衆の啜り泣きまでが収録されていました。
鶏の鳴き声が聞こえ、イエスが”あなたは鶏が鳴く前に3度私を知らないと言う”と予言したことを思い出した時の心情を歌った「憐れみたまえ、わが神よ」。
このアルト独唱は、私の好きなクリスタ・ルードヴィヒ。本当にいい声です。ちなみにヴァイオリンはシュヴァルべでしょうね。
物語としてはこの後、裁判、ゴルゴダの丘と続き、その復活を恐れて墓が封印されるまでが描かれますが、いちいち音楽が素晴らしい。。
こうなると、カラヤンだろうがリヒターだろうが素晴らしいものは素晴らしいとなってしまいますが、カラヤンのこの録音は香り高いというか、どこをとっても滑らかで美しいの一言です。その上で劇的な場面での表情付けも見事。
「マタイ」を聴くのにカラヤンから入るべき、とまでは言えないのはバッハの音楽が奥が深いと感じるから。リヒターだってクレンペラーだっていい。
一気に終曲を聴いてみましょう。
合唱が”安らかに憩いたまえ”と歌います。
カラヤンの「マタイ」、素晴らしかったです。