ヴァイオリニストの中で誰が一番好きか?と問われれば迷うことなく”グリュミオー”と答えます。

 

何がそんなにいいか?

 

グリュミオーの奏でるヴァイオリンの音が優しく高貴であること。こんなヴァイオリンの音は他の誰からも聴いたことがありません。

 

今聴いているのはグリュミオー・トリオによるシューベルトの「弦楽三重奏曲第2番」。

 

 

こういう音はどうやって出すのでしょうか。よっぽど弓を軽く弦にあてているのでしょうが、それでも音が痩せずに潤いさせるところがグリュミオーの魅力です。

 

もうちょっとグリュミオーを聴いてみたくなりました。ベートーヴェンとブルッフの「ヴァイオリン協奏曲」を入れたCDを聴いてみます。

 

 

ベートーヴェンはコリン・デイヴィス/アムステルダム・コンセルトヘボウとの共演。コリン・デイヴィスはいつもながらの虚飾を拝した充実した演奏で支えます。

グリュミオーはベートーヴェンの協奏曲だからとそのスタイルは変わりません。ベートーヴェンにしては優しすぎるヴァイオリンかも知れません。この曲であったらシェリングとかもっとベートーヴェンっぽい演奏が合っているのかも知れませんが、協奏曲というものが元々華麗なソプラノを楽器に模したものだと考えると、正にピッタリなヴァイオリンじゃないでしょうか。

 

そうは言ってもベートーヴェンは旧来の協奏曲とは別物を作りたかった訳で、旧来の協奏曲スタイルのお手本のようなブルッフはどうでしょう。「ヴァイオリン協奏曲第1番」、ワルベルク/フィルハーモニアとの共演です。

 

グリュミオーはその高貴な音と引き換えに音量が小さ目なのが弱点かも知れません。ワルベルクはその辺りを配慮してか、オーケストラを弱目に弾かせヴァイオリンを際立たせようとしているかのようです。オーケストラだけのパートとの音量バランスが抜群だと感じます。

ブルッフの協奏曲は派手目なものと思い込んでいましたが、グリュミオーとワルベルクで聴くともっと落ち着いた綺麗な音楽という感じがします。

 

それならと、チャイコフスキーの協奏曲も聴いてみます。作曲当時”もはやヴァイオリンは弾かれていない”とまで酷評されています。確かにブルッフにあったような協奏曲のスタイルからは大きく外れてしまっていますが、これはこれで音楽的にも優れたものであることは歴史が証明しています。

 

 

クレツキ指揮のニュー・フィルハーモニアとの共演です。

 

チャイコフスキーともなればグリュミオーもちょっと変わるのかもと、変な期待を持って聴き始めました。出だしこそちょっと構えた感じがありますが、すぐにいつものグリュミオーになって安心したというか、期待外れというのか。

この曲にはハイフェッツのようにバリバリ弾き倒すかのような演奏の方が似合っているのでしょうが、もちろんグリュミオーで聴いてもちゃんとチャイコフスキーです。

 

最後は、とっておき、というかグリュミオーとの初めての出会いとなったヴュータンの「ヴァイオリン協奏曲第4番」です。

 

 

ロザンタール/コンセール・ラムルー管弦楽団との共演によるレコードです。

 

このレコードにはヴュータンの「ヴァイオリン協奏曲第5番」も入っていますが、多分最初に一回聞いたきりです。それほど「第4番」が気に入った訳です。

 

どこが気に入ったか?全体に古色蒼然とした感じ、アナログレコードで聴いているせいかも知れませんが、グリュミオーのヴァイオリンは、まるで昔のモノクロフィルムを観ているかのように響きます。

 

それじゃダメじゃないか、と思われるかも知れませんが、これがいいんです。

 

どこか物憂げな旋律が延々と続いいく感じですが、突然ハッとさせるような魅力的なメロディが出てきたりして。ヴュータンはベルギー人ですが活躍の場はフランスだったようで、フランスの音楽という感じが伝わってきます。

 

第3楽章に入ると曲調はリズミカルになり、その終わり方もカッコいいのでですが、何より第4楽章はヴァイオリンが華々しく活躍します。

 

フォナーレの一部を。ここは演奏する姿を見られる動画で。ヒラリー・ハーン。

 

 

 

グリュミオーばかり何曲も聴いて来ましたが、楽しい時間でした。