今回の”私の試聴室”は、一枚のレコードを紹介したいと思います。
アルゲリッチの若い頃、やっぱり若い頃のアバド指揮のベルリン・フィルと共演したレコードです。
アルゲリッチの目の覚めるようなピアノが素敵です。
🔷マルタ・アルゲリッチのこと
1941年にブラジルのブエノスアイレスで誕生ということなので、このレコードの録音当時はまだ36歳という若さ。ジャケットに映る彼女の妖しげな表情が彼女のイメージでしたね。
ピアノの才能についてはショパン・コンクールで一位を獲るなど素晴らしい実績を持ちます。これはレコードの解説で知ったのですが6ヶ国語を自由に操る才女で、とにかく記憶力が抜群らしいです。
🔷プロコフィエフ「ピアノ協奏曲第3番」
映画「蜜蜂と遠雷」で主演の松岡茉優さんがlコンクールで弾いた曲。この映画でこの曲のことを知り、すぐにキーシンがアシュケナージ/フィルハーモニア管弦楽団とのCDを聴いたことを少し前に書いたばかりです。
第一楽章からアルゲリッチはすごい勢いで登ったり下ったりと、その疾走感がたまりません。キーシンだって同じように弾いたはずですが、彼のピアノの音はもっと安定感があったのでその分疾走感というものは減じてしまったのかも知れません。
アバド指揮のベルリン・フィルの素晴らしさにも触れない訳にはいきません。これを聴くとアバドはカラヤンのようなタイプとは全く違う演奏をしようとしているのが分かります。簡単い言えばピアニストに寄り添う演奏で、アルゲリッチの感性がアバドに乗り移ったかのような繊細さを感じます。それにしても冒頭のクラリネットが鳴り始めた瞬間から素晴らしいオーケストラだと感じさせるベルリン・フィルは本当に素晴らしい。
第二楽章は変奏曲で音楽は色々な表情を見せますが、アルゲリッチはまるで電流にふれたかのように表情を変えていきます。
第三楽章を聴きながら”女豹”という言葉が浮かんできました。プロコフィエフが日本滞在中に聴いたと言われる「越後獅子」を流用したとかしないとか言われる5音音階の部分を経てピアノとオーケストラがリズミカルな盛り上がりを見せ、曲を閉じます。
🔷ラヴェル「ピアノ協奏曲 ト長調」
晩年になってラヴェルが書いた唯一の「ピアノ協奏曲」。(「左手のためのピアノ協奏曲」は別物ということでしょう)
プロコフィエフがそれでも古典的な音楽だったのに対し、ラヴェルはジャズの要素を取り入れたりとより現代風で、アルゲリッチ向きの音楽だと思います。
アルゲリッチといえばチャイコフスキーの「ピアノ協奏曲第1番」をバリバリ弾き倒していたレコードのイメージしか無かったのですが、このプロコフィエフやラヴェルの方が本来の彼女の魅力を伝えてくれると感じます。
第一楽章がユーモラスな感じで終わると、「亡き王女のためのパヴァーヌ」を思い起こさせるような第二楽章に入ります。アルゲリッチはもっと表情豊かに弾きそうなところをあえて抑えて演奏していきます。その潔さが彼女らしいということなのかも知れません。
すごく短い第三楽章はまた活気のある音楽で、アルゲリッチは水を得た魚のような奔放さを見せます。「ペトルーシュカ」を思わせるリズムはラヴェル流のユーモアでしょう。アルゲリッチの打鍵と強さを感じさせます。
小澤征爾がアルゲリッチを見て、”二の腕がハムのように太かった”というのも納得です。
何ともお洒落な協奏曲でした。