前回、ブルックナーは「交響曲第4番」がベストだということを書きました。

 

ベートーヴェン以降の交響曲では人気を二分するマーラーのベストについて書いてみたいと思います。

 

今は「大地の歌」が最高だと思っています。というのも最近「第4番」を聴き直して、「やっぱりいいな」と思ったりしてるので。

 

マーラーは「第1番」にずっとハマっていて、次に「第2番ばかり聴いている時期があり、その後はなし崩し的に全ての交響曲を聴いて来ました。

 

未完成の「第10番」を含めると全部で11曲あるマーラーの交響曲ですが、それぞれが個性的で聴いていて楽しめるというのは、やっぱりすごいことだと思います。

 

マーラーはウィーン国立歌劇場の音楽監督を務めたこともある当時有名な、つまり忙しい指揮者だった訳で毎年作曲のための休暇を取っていたとは言え、すごい人です。

 

少し前に、マーラーの歌曲集「子供の不思議な角笛」を聴いて、一曲一曲が交響曲に匹敵するような音楽になっているマーラーの歌曲の素晴らしさを知ったばかりです。

 

その歌曲の集大成のような「大地の歌」がマーラーのベストだと思うようになったのは、だからごく最近のことです。

 

しかし聴けば聴くほど、素晴らしい曲です。

 

 

🔸マーラー「大地の歌」

 

  本来なら「第9番」と名づけられるはずだった「大地の歌」ですが、ベートーヴェンや

  ブルックナーが「第9番」を書いて、あるいは書きながら亡くなっている不吉な前例を

  嫌って単に「大地の歌」としたことはよく知られた話です。

 

  詩人ハンス・ベートゲが李白らの唐詩を自由に翻訳した詩集「中国の笛」を友人からも

  らったのが、作曲のきっかけでした。

 

  全部で6つの楽章から出来ていますが、最後の「告別」が一曲の半分近くの時間を占め

  ます。

 

   第一曲:「大地の哀愁に寄せる酒の歌」

         テノール独唱

   第二曲:「秋に寂しき者」

         アルト独唱

   第3曲:「青春について」

         テノール独唱

   第4曲:「美について」

         アルト独唱

   第5曲:「春に酔える者」

         テノール独唱

   第6曲:「告別」

         アルト独唱

 

  享楽的なテノール楽章と哀愁を感じさせるアルト楽章という感じです。

 

  李白の「悲愛行」を元にした第一曲の歌詞にこの交響曲の主題が表されています。ちょ

  と長いですが引用します。

 

   第一曲:大地の哀愁に寄せる酒の歌

 

   なんと美しくあることか、黄金の杯を満たすこのうま酒は、
   しかし飲むのを待たれよ、まずは歌でも一つ歌おうぞ!
   憂愁を誘うこの歌を
   君たちの心に哄笑として高鳴らせよう。
   憂愁が迫り来ると、
   心の園も荒涼でいっぱい。
   歓びの情もその歌う声もしおれ果て消えゆくかな。
   生は暗く、死もまた暗い。

   この家の主よ!
   君が酒蔵には黄金の酒が満ちている!
   ここにある琴を、私の琴としよう!
   この琴をかき鳴らし、盃を尽くすことこそ
   最もふさわしいだろう。
   ほどよき時に、なみなみと注がれた一杯の盃は、
   この大地の全ての王国にも優る!
   生は暗く、死もまた暗い。

   
天空は永久に蒼く、しかも大地は
   

   永遠に揺るがずにあり、春ともなれば花咲き乱れる。
   だが人間たる君よ、君はどれだけ生き長らえていくものか?
   
君は百歳とは慰むことは許されぬ、
   

   全てこの大地の儚き戯れの上では!



   そこかしこを見下ろしたまえ!
   月光を浴びた墓の上に
   座してうずくまる者は荒々しくも不気味な物影、
   それは猿一匹! 聴け、その叫びが
   この生の甘美な香りに甲高く絶叫する様を!


   いまこそ酒をとれ!
   いまこそ、その時だ、友よ!
   この黄金なる盃を底まで飲み尽くせ!
   生は暗く、死もまた暗い!

 

 いかがですか?

 

 赤字にした一節、その様子を想像するとゾッとしませんか?

 

 この詩にあるように、”人生など悠久の大地に比べれば取るに足らないもの、だったら酒で

 も飲んで過ごそう”という厭世観がこの曲の主題ですが、最後の第6曲の孟浩然と王維の詩

 を元にした歌詞は、

 

   第6曲:告別

 

   夕陽は西の彼方の向こうに沈み
   日没過ぎて、しんしんと冷気満ち、
   暗闇迫り、渓谷すっぽり包み込む
   おお、あれを見よ。銀の小舟のように
   月はゆらゆら蒼天の湖にのぼりゆき
   私は松ヶ枝の暗き木陰にたたずんで
   涼しげな風を身に受ける

   美しき小川のせせらぎ 心地よく
   この夕闇を歌い渡るぞ
   
花は黄昏淡き光に色失う
   

   憩いと眠りに満ち足りて 大地は息づく
   全ての憧れの夢を見ようとし始める

   生きる苦しみに疲れし人々 家路を急ぎ
   眠りの内に過ぎ去りし幸福と青春
   再びよみがえらそうとするように

   鳥は静かにすみかの小枝に休みいて
   世界は眠りに就くときぞ

   私のもとの松ヶ枝の木陰に夜陰は冷え冷えと
   私はここにたたずんで君が来るのを待つばかり
   最後の別れを告げるため、私は友を待ちわびる

   ああ、友よ。君が来たれば傍らで
   この夕景の美しさともに味わいたいのだが
   君はいづこか。私一人、ここにたたずみ待ちわびる

   私は琴を抱え、行きつ戻りつさまよいて
   たおやかな草にふくよかな盛り土、
   その道の上にあり
   おお、この美しさよ、永久の愛に−
   その命にー酔いしれた世界よ

   友は馬より降り立ちて、
   別れの酒杯を差し出した
   友は尋ね聞く。〈どこに行くのか〉と、
   そしてまた〈なぜにいくのか)と

   友は答えたが、その声愁いに遮られ、包まれて
   〈君よ、私の友よ、この世では私は薄幸なりし
   一人今からいずこに行こうか
   さまよい入るのは山中のみさ〉

   私の孤独な心 癒すべく憩いを自ら求めゆき
   私が歩み行く彼方には、私が生まれし故郷あり

   私は二度と漂泊し、さまようことはあるまいよ
   私の心は安らぎて、その時を待ち受ける

   愛しき大地に春が来て、ここかしこに百花咲く
   緑は木々を覆い尽くし 永遠にはるか彼方まで
   青々と輝き渡らん
   永遠に 永遠に……

 

何ともやるせない。マーラーは弟子のワルターに「この曲を聴いたら自殺者が出るのではないか」と本気で心配していたそうです。

 

しかし今、私たちは「大地の歌」の音楽としての素晴らしさを堪能すればいいのではないでしょうか。

 

🔸試聴

 

  ワルター/ニューヨーク・フィルのレコード。バーンスタイン、セルとのオムニバス・

  アルバムの一枚。

 

   

   マーラー:「大地の歌」

 

    エルンスト・ヘフリガー(テノール)

    ミルドレッド・ミラー(アルト)

 

    ニューヨーク・フィルハーモニック

    指揮:ブルーノ・ワルター

 

🔸試聴

 

  ワルターはこの曲を3回録音していて、2回目のウィーン・フィルとの録音が名盤とし

  て知られていますが、1952年録音のモノラルで、いくらウィーン・フィルの音色が

  素晴らしいと言われてもそれを聴きとるのが難しいですし、フェリアーやパツァークの

  歌唱もそれほどのものとは思えません。(古いレコードしか聴いてません)

 

  クリスタ・ルードヴィヒが好きなので、クレンペラー盤でも良かったのですが、ここは

  やっぱり初演者のワルターということで、3回目のニューヨーク・フィルとのレコード

  を選んでみました。

 

  ワルターのマーラーではコロンビア響との「交響曲第第1番」の、手の内に入ったよう

  な余裕のある素晴らしい演奏が印象に残っています。

 

  さて、ワルター/ニューヨーク・フィル。

 

  これは素晴らしい演奏じゃないでしょうか。ワルターの落ち着いた音楽運び、細部まで

  きめ細やかくワルターの意思が染み渡った説得力のある表情付け!

 

  独唱の二人の歌唱にもそういうところが感じられます。

 

  アルトのミラーの声質はクリスタのような温かみはありませんが、落ち着きのある感じ

  で悪くはありません。

 

  ニューヨーク・フィルも曲が始まった瞬間こそ、「ウィーン・フィルだったらなあ」と

  思ったりしましたが、聴き進めるうちにその輝かしい響きに魅了されていました。

 

  

 

  晩年のワルター、渾身の一枚だと思います。