「バイロイトの「第九」」。

 

フィナーレの最後、合唱が”Got fenken、Got funken!”で終わると、フルトヴェングラーは他のどの指揮者も取らないような猛烈なスピードで駆け抜けます。

 

私はこのバイロイトだけのフルトヴェングラーの咸興のなせる技だと勝手に思い込んでしました。この猛烈なスピードには違和感を抱きながらも、よくオーケストラがついていけたものだと感心はしていました。(聴いても分かる通り、オーケストラはちゃんと弾けてませんが)

 

最近、このテンポはバイロイトに限らず、フルトヴェングラーの常套手段だと知りました。改めてスコアを見ると、確かに”Prestissimo”と指示があります。

 

”Presto(プレスト)”は元々アンダンテとの比較で”アンダンテよりも速く”程度のスピード感だったものが時代とともにどんどんスピード感が速まってきました。だからベートーヴェンがここに”プレスティッシモ”と書いたとき、どの程度の速さをイメージしていたのかは指揮者の判断による訳で、フルトヴェングラーの取った速さも譜面を逸脱したものではないのですね。

 

ということはリハーサルでもこの猛スピードで行った訳で、バイロイトのオーケストラがここまで弾けてないのは、バイロイト祝祭音楽祭のための寄せ集めのオーケストラだからなのでしょうか。

 

実際、録音のためにバイロイトに乗り込んだEMIの有名なプロヂューサー、ウォルター・レッグが終演後フルトヴェングラーに「それほどの出来では無かったですね。」と話してます。

 

ウイーン・フィルやベルリン・フィルだったらちゃんと弾けてたのか?

 

興味が湧いたので調べてみました。

 

フルトヴェングラーの「第9」は以下の録音があるようです。(CDの解説より)

 

  1)1937年5月1日   ベルリン・フィル

  2)1942年3月22日〜24日 ベルリン・フィル  

  3)1942年4月19日  ベルリン・フィル

  4)1942年4月21日〜24日 ウィーン・フィル

  5)1943年12月8日  ストックホルム・フィル

  6)1949年5月28日  ミラノ・スカラ座管

  7)1951年1月7日   ウィーン・フィル

  8)1951年7月29日  バイロイト祝祭管

  9)1951年8月31日  ウィーン・フィル

 10)1952年2月3日   ウィーン・フィル

 11)1953年5月31日  ウィーン・フィル

 12)1954年8月9日   バイロイト祝祭管

 13)1954年8月22日  フィルハーモニア管

 

それにしてもすごい数ですね。フルトヴェングラー人気の高さが分かります。有名な”バイロイトの第九”は8のものです。

 

ネットにアップされている以下のものを順に聴いてみました。(CD解説以外のものもありました)

 

今回は第4楽章だけ聴いて、その感想を書いてあります。

 

 

🔸2)1942年3月22日〜24日 ベルリン・フィル

 

  今回聴いた中ではフルトヴェングラーとしても異色の演奏。冒頭からティンパニを強打

  させ荒れ狂うような切迫感のある演奏になっている。戦時下の演奏。

  ベルリン・フィルの充実した演奏が1942年という年代を感じさせない録音で聴けま

  す。

  さて肝心の”プレスティッシモ”の箇所も、さすがちゃんと弾けてます。

 

 

🔸8)1951年7月29日  バイロイト祝祭管

 

   エリザベート・シュヴァルツコップ(ソプラノ)

   エリーザベト・ヘンゲン(アルト)

   ハンス・ホフプ(テノール)

   オットー・エーデルマン(バス)

   バイロイト祝祭合唱団

 

 有名な「バイロイトの第九」。EMIが正式リリースしています。

 

 これはあえて最後に聴いてみました。

 音質はフィルハーモニア管より上ですね。バイロイト祝祭管弦楽団は、その時々で、ウィ

 ーン・フィルやベルリン・フィルが主体だったり、色々な地方オーケストラの団員の集ま

 りだったり色々だったそうですが、この時はどうだったのでしょうか?EMIが録音してい

 るのでウィーン・フィル主体だったのかも知れません。

 オーケストラ、声楽陣共に、やっぱりこれが最高と言えます。

 

 合唱団の息が続く限りと言わんばかりのフェルマータの引き伸ばしも、本当に長い!

 

 私もこれをフルトヴェングラーの最高の「第九」と呼ぶのに異論はありませんが、そうな

 ると最後のプレスティッシモがちゃんと弾けてないのが何とも残念!

 

 

🔸1952年2月3日 ウィーン・フィル

 

   ヒルデ・ギューデン(ソプラノ)

   ロゼッテ・アンダイ(アルト)

   ユリウス・パツァーク(テノール)

   アルフレート・ペル(バス)

   ウィーン・ジングアカデミー合唱団(この合唱団はウィーン音楽院卒業生だけで組織

   された合唱団とのこと)

 

 少々こもり気味の音質ですが、ウィーン・フィルならでは柔らかを感じさせます。トルコ

 行進曲みたいな音楽に入る直前のフェルマータはいつもの合唱団ではないせいか、フルト

 ヴェングラーにしては短め。(それでも長いですが)

 全体に整った感じの演奏で、最後のプレスティッシモはもちろん弾けてます。

 

 

🔸11)1953年5月31日  ウィーン・フィル

 

    イルムガルト・ゼーフリート(ソプラノ)

    ロゼッテ・アンダイ(アルト)

    アントン・デルモタ(テノール)

    パウル・シェルファー(バス)

    ウィーン・ジングアカデミー合唱団

 

  1952年のものと比べるとずっとクリアな音質になっています。オーケストラの響き

  もずっと自然な感じ。1952年の演奏と基本同じですが、音質面では圧倒的にこち

  ら。 

    

  EMIはこの曲の録音セッションを計画していましたがフルトヴェングラーの急逝により

  頓挫したため、1951年のバイロイト、この録音、そして1954年のフィルハーモ

  ニア管の録音を比較し、結局バイロイトのものを正式リリースしています。

 

 

🔸13)1954年8月22日  フィルハーモニア管

 

   エリザベート・シュヴァルツコップ(ソプラノ)

   エルザ・ガベルティ(アルト)

   エルンスト・ヘフリガー(テノール)

   オットー・エーデルマン(バス)

   ルツェルン音楽祭合唱団

 

 フィルハーモニア管の明るめの音が好き嫌いを分けるかもしれないが、録音を含めるとこ

 れが最善ではないだろうかと思わせる演奏。弦楽部による”喜びの歌”のなんとも言えない

 平穏な響きこそこの曲に合っていると感じます。

 歌手陣も素晴らしい。(特に出だしの堂々としたテノール!)

 最後のプレスティッシモもちゃんと弾けてます。

 

 EMIが正式リリースに踏み切らなかったのは、バイロイトの話題性に負けたか? 

 

 

色々聴いてきて、ふと気がついたことがあります。

 

今回は第4楽章全体を聴いただけということもあるかも知れませんが、どの演奏を聴いても涙が出るような感動は受けなかった。

 

カラヤンだと時にそのクライマックスで涙が出てきてしまうことがあります。

 

私が根っからのカラヤン大好き人間ということが大きな理由だとは思いますが、やはり自分の琴線に触れる演奏というものがあるんでしょうか。