「クラシックはこれを聴け」、今回はちょっと趣向を変えて一枚のCDを紹介します。

 

1987年6月にカラヤンがウイーン・フィルとザルツブルグでの演奏会をライブ録音したもので、「ザルツブルグのカラヤン」としてDVDも出ています。

 

演奏曲目は「タンホイザー序曲」、「ジークフリート牧歌」、楽劇「トリスタンとイゾルデ」から「第一幕前奏曲」と「愛の死」という短いプログラムでしたが、当時人気を誇ったジェシー・ノーマンとの共演ということでも話題になりました。

 

「タンホイザー序曲」から素晴らしく集中力の高い演奏で、「ジークフリート牧歌」「トリスタンとイゾルデ、第一幕前奏曲」と精妙な音楽が聴きごたえ十分。このコンサートのメイン「愛の死」ではジェシー・ノーマンが期待以上の歌を聴かせます。

 

「タンホイザー序曲」の最後の盛り上がりがあるものの、この演奏会は終始精妙で見事な弱音が聴けます。弦楽器の柔らかな響きを持ち、明るいながらも少し古風な響きを持つウィーン・フィルの音色がカラヤンの指揮に敏感に応えています。キラキラと輝くようなベルリン・フィルだったら全く違った印象になってしまっただろうと思います。

 

この演奏会に向けたリハーサル動画も残されていています。カラヤンのリハーサルはかなり古いウィーン・フィルとのシューマンの「交響曲第4番」は一度観て頂きたいと思います。紹介するのは「タンホイザー序曲」の終わり部分のリハーサル映像ですが、カラヤンは要求を具体的に指示するので見ていても分かりやすいです。ある指揮者がリハーサルで「ここは虚無的に・・」とか言っているのとは大違いです。映像の後半はインタビューを受けている様子ですが、ここでの話も興味深いです。

 

それでは当日の演奏会の聴衆になったつもりで順番に聴いていきましょう。

 

一曲目の「タンホイザー序曲」。ワーグナーの序曲はどれも素晴らしく、ベートーヴェンの序曲にロマン派風の彩りを添えたといっても良い程の聞き応えがあるものばかりですが、こと全曲を貫く前進力というか迫力に関しては「タンホイザー」が随一だと思います。カラヤンは弱音を強調し強音部が嫌でも強調される演奏を行います。カラヤンのマーラーの第9番(82年のライブ録音)や最後の演奏会でのブルックナーの「第7番」(87年のライブ録音)を聴くと、それまで徹底的な楽譜の読みだけで音楽を作っていたのが、少しカラヤンの思いが込められてきたように感じられ感動的な演奏になっていますが、同じ時期のこの演奏会はワーグナーの小品ばかりという曲種のためか、かつてのカラヤンが戻ってきたようです。

リハーサルと言えばこの曲の後半でヴァイオリンが上がったり下がったりのスケールを延々と繰り返すところがありますが、ここでカラヤンが何度も演奏を止め、「下がるところでアクセントを付ける人がいる」「ただ上がって下がるだけの簡単なことが何故出来ないんだ」と世界最高のオーケストラに対しダメ出しを繰り返し、とうとう「こんな簡単なことが出来ないなんて、後でまた練習だ」と匙を投げてしまうシーンがありました。

最後の盛り上がり、いつ聴いても涙が出そうになるのはどうしたことでしょうか。

 

二曲目は「ジークフリート牧歌」。

 

ワーグナーは舞台と音楽の総合芸術としての”楽劇”というジャンルを作り上げ、自分の楽劇を演奏するためバイロイト祝祭劇場を建設するなど精力的な活躍をした巨人で、特に楽劇「ニーベルングの指環」は序夜「ラインの黄金」、第一夜「ワルキューレ」、第二夜「ジークフリート」、第三夜「神々の黄昏」と全曲を聴くのに4日かかるという代物です。

 

世の常識にとらわれない人で、2度目の妻で「ジークフリート牧歌」を捧げられたコジマは、元々のワーグナーを賛美する指揮者ビューローの妻でしたが、ワーグナーの横恋慕で後妻になったという経緯があります。流石にビューローはその後ワーグナーと対立していたブラームス陣営に移っています。

 

さて、「ジークフリート牧歌」はワーグナーが妻コジマの誕生日とクリスマスのお祝いのために作曲された曲ですが、厚かましい感じのするワーグナーとも思えない優しい音楽になっています。

 

初演は正にワーグナーの自宅で、コジマが寝ているうちに階段に奏者達が並んで待っていて演奏しました。そりゃ感動しますよね。

 

個人的にもこの曲は学生オケの演奏会で実際に演奏したことがあります。ヴァイオリンでしたが人数をかなり絞っての編成だったので最初の出だしはすごく緊張した覚えがあります。この曲を聴くとその時の気分が蘇ってくることがありますが今となっては懐かしい思い出です。

 

演奏です。ここでは只々ウィーン・フィルの美しい音色を堪能して下さい。

 

三曲目、「トリスタンとイゾルデ第一幕前奏曲」。「ジークフリート牧歌」の長閑な美しさに浸っている聴衆を一気に別世界に運んでしまうかのようにカラヤンの指揮にも力が入ります。「ジークフリート牧歌」ではどこかウィーン・フィルに任せたような感じがありましたが、ここでにオーケストラは完全にカラヤンの統率下にあります。そこから引き出される精妙で圧倒的に美しい響きをご堪能下さい。

 

そして最後、このコンサートの目玉ジェシー・ノーマンが登場する「愛の死」。オペラや楽劇は苦手なジャンルでこの「愛の死」もまともに聴いたのはこのCDが初めてなので、他の歌手の歌は知りませんが確かに圧倒的な声です。ワーグナーが「ニーべリングの指輪」を演奏するために建てたザルツブルグの祝祭歌劇場一杯に響き渡ります。カラヤンと共演する歌手やソリストは、とても演奏しやすかったとカラヤンのサポート振りを称賛します。カラヤンも抑える所は抑える、出る所は出るという見事なサポートぶりを見せます。

 

そして最後オーケストが消え入るように終わります。不覚にも涙が溢れてきました。

 

最後までお付き合い、ありがとうございました。