2021.12.31
大晦日の夜は…
紅白歌合戦ですね。
今年は大泉洋さんが司会で
(道産子にとっては洋ちゃんでわくわく)
今年も子どもたちの踊りで
賑やかだろうなぁ…
…と思っていたら✨
東京交響楽団や
東京フィルハーモニーの
オーケストラの演奏に…
(⑅︎ ॣ•͈૦•͈ ॣ)꒳ᵒ꒳ᵎᵎᵎうっとり…
あら、あら⁉️と思うほどに…
やっぱり映像で見ると
鈴木雅之さんの『め組のひと』
桑名信義さんと佐藤義雄さんも揃って
ラッツ&スターじゃない✨
手と体が自然と動きますよねっ。
布袋寅泰さんの『さらば青春の光』
👆お笑いの方じゃないのよ⁉️
薬師丸ひろ子さんの『Wの悲劇』
今も変わらずのお声ですね…。
懐かしいー
そして✨
さだまさしさんの『道化師のソネット』
と
福山雅治さんの『道標』
…を聞いていて
田中邦衛さんが脳裏によぎりました。
そして書かなくちゃ…と💦
何故か思ってしまい
年末年始…
blogタイムです😅。
ん?なぜかというと
昨年田中邦衛さんが
お亡くなりになりましたね。
我が故郷、富良野というと
田中邦衛さん…北の国からです。
純くん、蛍ちゃんと
ほぼ同世代の私…。
小学生の頃、夏休みや冬休みは
家庭の事情で毎年めい一杯富良野の親戚宅で
過ごしていたわたし。
小学3〜4年の頃だったでしょうか。
ある時…
なぜ泣いていたかは忘れたけれど
(きっと親が恋しく寂しかったのか…)
従兄弟とスーパーに行った時の帰り際に
涙していたら
スーパーの出口で
『何したんだい?
だいじょうぶ、泣くなぁ、泣くなぁ』
…と頭をぽんぽんと撫でながら
声をかけてくれたおじさんがいました。
👆田中邦衛さんでした。
本当に…田中邦衛さんは
五郎さんそのままの口調です。
夏休みの何気ない夕暮れ時
北の国からの撮影者たちは
撮影期間中は普通に街中に溶け込んで
生活されていたのです。
『ちょっとまってて…
アイス食べないかい?』…と。
スタッフの方々?純君たちに?
買っていたであろうアイスを分けてくれて
スーパーのそばの河原の土手で
食べながら…
『笑ってよ〜僕のために…🎶
知ってるかぁ?
北の国からを歌っている
おじさんの歌だぁー
👆さだまさしさんのことですね💦
歌ってくれて
…
笑わせてくれたのです‼️
とっても大きなあたたかさと安心感を
頂いた時間。
本当にあたたかな優しいお人柄です。
👆今なら不審者的な言葉も出るのでしょうが
その当時の富良野は
全国から観光客の方も沢山いらしており
富良野市民もライダーや観光客の方に
とてもオープンマインドな雰囲気だったのです
この時から私の中では
田中邦衛さんは
もう一人のあたたかいお父さん
*:ஐ(●︎˘͈ ᵕ˘͈)人(˘͈ᵕ ˘͈●︎)ஐ:*
その後…
何十年も経って
田中邦衛さんはこの山形が大好きで
何回もプライベートで来ていて
老後は山形で…と
お話されていたとか。
残念ながらお亡くなりになってから
初めて知りました。
残念っ。
一度…お会いしてお礼が言いたかったなぁ
つくづくと…わたしは本当に
色んな人々のたくさんの愛情を頂いて
育ってきたのだなぁ…と
紅白を見て思い巡らしていました。
有り難く幸せなことです。