「ラプラプ部長…」ウサギ海送の事務室で、青木はあらたまって呼びかけた。「チミは私の軍門に下ってラプラプ王から水産部長になったワケだ。にもかかわらず、ラプラプなどというのは烏滸がましいヨ。これからは“ラプ”と名を変えなさい。」青木は一つ咳払いをした。「承知しました、ウサギ長者…」ラプラプ改めラプ部長は、一言も異議を述べることなく青木の命を受け入れた。

「よろしい!では、ラプ君の初仕事ダ。私と一緒に捕鯨に出てもらおう」青木はニヤリと笑って言った。「長者と捕鯨ですか?私はマクタンで水産業をやるのではなかったのですか?」「うむ。もちろん、あの時に申し渡した通り、最終的にはマクタンに行ってもらう。が、とりあえずはチミの漁の腕を、このウサギ島で披露してほしいのダ。マクタンはこれからクミによる荒療治が始まるので、それがひと段落してから行ってくれ…」「承知しました、長者…」ここでもラプ部長は一言も異を唱えなかった。青木の力を前に、完全に牙を抜かれたようになっているらしかった。「それでは出航しよう」

「ところで、ラプ君は捕鯨はどのくらいしているのカナ?」紺碧のフィリピンの海で、風に吹かれながら青木が問うた。「どのくらいと言ってですネ…捕鯨は今では国際的なご法度ですからネ。昔はたしなみましたが、今では全くやっていないです。」ラプ部長は率直に答えた。「な、なんと!」青木は驚愕した。「“欧米の侵略者に対抗”などと言っていたのに、そのザマなのかネ~」「とは申されましても…実際、クジラの数は減っているのでしょう?保護しなくては…」ラプ部長は怯えた口調で言った。「とんでもない、ラプ君。それはアメリカが乱獲した19世紀の話だ。チミの認識は欧米による帝国主義の全盛期で止まってしまっているのダネ。現在では過剰な保護政策によってクジラはむしろ増えまくっているのダ」青木は静かにラプ部長の目を見つめた。「まさかそんな…」ラプ部長は絶句した。「ラプ君は最近、魚が減ってきているとは思わないかネ?」「はい、やはり資源を大切にしないと、マズいですよネ」ラプ部長は行儀よく背筋を伸ばして言った。「うーむ…MMMなどと気張っていた割には大人しいネ。むしろ欧米に洗脳され気味なのはラプ君自身なのではないかネ?魚が減っているのは、大食漢のクジラが魚を食いまくっているからなのダ。クジラを人が捕らなくなり、一方、魚は人&クジラが食いまくる。そのせいで、海はクジラの過密な楽園になっているというワケだ。」「ナニかエビデンスはあるのですか、長者…」ラプ部長は目まいがしそうになりながら言った。「ハハハ。それは実際にクジラを捕ってみれば分かるヨ。さあ、やろう…で、クジラがどこにいるかはどうやって探すのカナ?」「“噴気”を見るのです」ラプ部長は淡々と言った。「ほう、“フンキ”とは何カナ?」「クジラはふだんは海に深く潜っています。しかし、呼吸をするために水面近くに浮上してくることがあります。このときに背から勢いよく水を噴き出すのです。それが噴気といわれるモノで、我らがクジラを発見する目印になるのです…」ラプ部長は淀みなく答えた。「なるほどネ~。ウサギでいう“求吸気(きゅうきゅうき)”だネ!」青木はウサギにまつわる専門用語にかこつけ、大笑いした。「さて、噴気をしているクジラはいるカナ~?」「長者、さっそくいました!」ラプ部長は、ちょうど青木とラプ部長の眼前の海を指差した。勢いの良い一本の水の筋が、噴水のごとく海面から跳び出していた。「長者、すぐに捕り物を開始します」ラプ部長は船員に呼びかけた。「槍を準備しろ―、アソコ目掛けて投げるのダ~」「はい、ラプ部長!」活きの良い船員の男数名が一斉にクジラに槍を投げつける。キューキュー!クジラが痛み苦しむ喘ぎ声が聞こえた。海面は真っ赤な血に染まった。「おお、これはなかなかだネ。このおぞましさがあるから、感覚的なクジラ保護論が絶えないのだネ~」青木は目を見張った。「長者、クジラは、死にました。コレはかなり大物のシロナガスクジラです。とてもこの船に乗せることは出来ませんので、こういう時はこの鈎針をヤツに引っ掛け、そのまま曳航するのです、ハッ!」ラプ部長は鈎針のついた漁具をクジラに投げつけた。が、鈎針はうまくクジラの胴体に引っかからず、海面に漂ってしまった…「あ、ぁ~」ラプ部長はガックリとうなだれた。「面目ないです、長者。昔取った杵柄と思ったのですが、やはり長いことやらないうちに、腕がナマっていたようです…」ラプ部長は恥ずかしそうに赤面した。「ラプラプ王…いえ、ラプ部長、私がやります!」ふいに後方から元気の良い女性の声が響いた。「マリィ君!」ラプ部長は驚いたように声をあげた。「私は投擲系は得意なので、ご安心を…」マリィという女は、細身の身体をしならせるようにして、漁具を放った。グサッ。鈎針はアッサリとクジラの胴体に深く突き刺さった。「おお~」「さすがマリィだ~」一部の船員から喝采が起こった。マリィはニッコリと微笑んだ。「ほう、素晴らしい腕だ。この女性はいったい誰なのですカナ?」青木は拍手をしながらラプ部長に訊いた。「はっ。あの者は私が王位に就いていた時代の秘書です。なかなか勇壮なところのある女でして…」ラプ部長はバツが悪そうに頭を掻いた。「じつに素晴らしいではないカー!やはりマクタンは人材の宝庫だネ。これから先もビックリ箱のように面白い人物が飛び出てくるのだろうネ~」青木は呵々と笑った。「ウサギ長者さま、死んだクジラの活きが悪くなってはいけません…すぐに曳航を始めましょう…」マリィ秘書は青木に一礼し、船を動かすよう促した。「おお、そうだネ。すぐ港に戻ってくれ」ウサギ海送の船は、クジラを曳きながら港に帰って行った…(続く)