「お父さんはあまりにも前時代的過ぎるのヨ…」クミが呆れ顔で言った。「今の時代の連絡手段は、コレよ!」クミは誇らしげにスマホを取り出して見せた。「これ一つあればいつでも連絡が取れるし、調べものもすべて出来るのヨ。残念ながら伝書鳩を使う必要はないワ。ハトちゃんは愛玩用にしましょう」クミは余裕ありげに微笑んだ。

「ハハハハハ」青木は遠い目をした。「クミ、マクタン戦争の前まではソレで良かったかもしれない…しかし、今や我らは“次の戦争”の開戦前夜を過ごしていると考えて日々を過ごさねばならないのダ」青木の目つきは鋭くなった。「スマホ、パソコンなるものは、すべて何をやっているか、フィリピン政府に見られていると思わなければならない…」「え?マサカ?」クミは目が点になった。「そのマサカなのダ。むろん、大統領が日々我らの動静を自ら睨んでいるワケではあるまい…が、ちょっとでも彼らにとって興味深い動きがあれば、下僚から大統領に即座に話は上がるのダ。政府というのはだいたいソンナものなのダ…」青木は達観した表情で言った。「結局、イチバン安全なのは大昔からあるアナログな手段なのダ。伝書鳩に手紙など咥えさせて大空に飛ばす。ロマンもあるではないか!」青木は苦し紛れに大笑いした。

「ふーん…」クミは半信半疑といった表情で青木を見つめた。「お父さんの考え過ぎだと思うけど、まあ良いワ。マクタンに行ってまで、あの戦争のときみたいに指示を受けたくないし、ネ!」クミはいたずらっぽく笑った。「弟たちをシメて、マクタンを生まれ変わらせるわヨ!」クミは槍でも持っているかのような手つきで右手を地面に向けて振り下ろした。

「ハハハ。その意気だ、クミよ。もちろん、多少はスマホを使っても良いヨ。マラカスにバレても屁でもないような、ウンコな調べものならスマホでやって良い…」「お父さん、汚い言葉はよして」クミは顔をしかめた。「すまんすまん、クミ」青木は顔を真っ赤にした。「マクタン統治に当たって、腰を据えた調べものが必要な時は…いつでもウサギ島に戻ってきて、コレを使ってクレ~」青木はウサギふれあい体験ゾーンの奥にある密林を指差した。いつの間につくられたのか、日本式の土蔵が建てられてあった。「あの倉はなんなの、父さん?」クミはキョトン顔で言った。「フフフ。最近、セブで日本の古書が安値で大量に売られているのを発見して、まとめて購入したのダ。歴史書などもあるヨ。何か使い道もあるだろう。あの土蔵に籠っている限り、いかな電脳兵器を用いても我らの考えていることを把握するのは不可能なのダ。あの倉の中こそが、我らにとっての真の秘密基地と言えるヨ。現代の技術では未だ“人が頭の中で考えているコト”を外部から把握するのは不可能だからネ。無法者から自身を守る最後の砦は、本と自分の頭だけなのダ。そして、信頼できる肉親なのダ…」青木はとくに悲しい話をしているワケでもないのに急に泣き顔になっていた。

「ヘンなお父さんネ、いつものことだけど。呑気なウサギおじさんだったのが、急に政治と戦争の渦に巻き込まれてヘンさが増したのネ。うん、分かったワ。なんだか知らないけど、たまに土蔵も見物に行くワ!」クミは快活に笑った。「さすがだ、クミ、頼んだヨ。マクタン開発に当たっては、マクタンを観光とリゾートの島にすることを第一義にしてくれ…あの島は本来、セブ以上のリゾートになるポテンシャルを秘めておるのダ」青木は決意を込めて言った。

「達者でネ~」「とりあえず、さようなら、お父さん~」クミはウサギ海送の定期船でマクタンに赴任して行った…

「あ~クミがいなくなったら、寂しくなったナー」異常気象で一面に積もっていた雪はすでにスッカリ融け、ウサギ島は熱帯の島の光景に戻っていた。「久しぶりの我が家ダ~オミクよ~、ただいまー」青木は久方ぶりに自邸の玄関の扉を叩いた。「あれっ、オミクは!?」出てきたのは、青木邸の執事だった。「お帰りなさいませ、長者」執事は青木に一礼した。「オミクはどうしたのだネ?戦勝大宴会にも来ていなかったが…これだけの戦いで剣林弾雨の中を駆け抜けてきた夫が帰宅したというのに…。薄情だナー」青木は呆然とした表情で言った。「大変申し上げにくいのですが、長者。奥様はセブに写真を撮りに、長期旅行に出られました。当面戻らないでしょう。ホテル暮らしをされるそうです…」執事は目を伏せた。「…」青木の顔はたちまちに青くなった。「なんと…仕事と戦争にかまけているうちにソンナことになってしまったか~。ついにオミクもクミも去ってしまった~」青木は絶叫した。「あまり心配しないでください、長者。代わりと言ってはなんですが…」執事は青木邸の奥から一人の現地女性を連れてきた。「なんだ、その者は。私に許可を受けずに住ませていたのか?」青木は執事を睨んだ。「お許しください、オミク奥様から託されたコトなのです」「バーバラと申します。当面、私が長者のお世話をします。ヨロシク~」バーバラは初対面にも関わらず、おどけて青木に寄りかかった。「ふーん…」青木はニンマリしながら執事に「まぁ、良いヨ。当面この態勢で行こう!」と言って、大笑いをするのだった。(続く)