ラプラプ王は青木のいる指揮処まで連行されてきた。青木は雪原の向こうに帰陣するクミの一行を認めてから、指揮処を包み込んでいる鋼鉄製のドームを開き、自身の椅子とラプラプ王の座る椅子とを置いた会見場を設営して待ち構えていた。ラプラプ王の椅子は、青木のそれと同じ高さに、同等の材質のモノをもって設えられていた。

「ほほほ、ようこそ、ラプラプ王…」青木は微笑を讃えながら悠然とラプラプ王を出迎えた。「あなたの奮戦ぶりは素晴らしかった、どうぞこちらの椅子へ…」ラプラプ王はフンと鼻を鳴らした。「何が奮戦だ、オレは壁の中に籠って震えていたのだ。お前も知っているだろうに白々しい奴だ」「戦いにその程度の作戦を用いることはむしろ当然。私はあのラプラプの後裔である貴方のことを心から尊敬申し上げているのですヨ。」ラプラプ王の挑戦的な態度を受け流しながら青木は応じた。「お互いの健闘を讃え合いましょう!」「うるさい、フィリピンへの文化的侵略者どもめ!」ラプラプ王はなおも息巻いた。

「お前は日本人だナ、ウサギ長者。日本人というのはまさに帝国主義的侵略を繰り返し続けた欧米の走狗ではないか。フィリピンの歴史、文化をめちゃくちゃにしたお前らに友情など示されたくはないわ…」ラプラプ王は青木を睨みつけた。

「フィリピンをめちゃくちゃにしたなど、とんでもない。我々はウサギという極めて平和的な動物と暮らしながら、フィリピン社会にごく自然に同化し融け込んだのですヨ」青木はモナリザのような微笑を崩さずにいた。

「それが侵略者の常套句なのダ~」ラプラプ王は待っていましたとばかりに語気を強めた。「欧米の侵略者のパターンそのものだネ。クジラを獲り尽くしてから善人顔でクジラ保護を唱える。資源を使い尽くしてからSDGsなどとのたまう。異民族を殺し尽くしてから多様性を説く…。お前らのウサギなる珍獣もその類いではないか。我々の文化にウサギ食、ウサギ観光など存在しないのだ…そんなケダモノを認めれば、フィリピンの固有の自然は破壊されるのダ…」ラプラプ王は両腕を大きく広げた。

「ほう…その侵略者と我らを認定したから、私の息子や婿を殺したのですカナ?」青木の眼が暗く光った。「貴方が大義を語るのは自由だが、私の息子らは貴方に殺されるような侵略などしていない。あの子らはこのフィリピンの生まれなのだから…」青木は涙目になっていた。「ラプラプ王、貴方は殺人者なのだ。土俵を広げた議論をしても、そのことは覆い隠すことはできないのダ…」青木はしんみりとした。

「フフフ」ラプラプ王は不敵に笑った。「お前の息子、婿、そういった者の一人一人が具体的に何をしでかしたかなど、どうでも良い。マクタンの不朽の大義の前では小事、些事に過ぎないのダ。我らはそれらのクソどもを、文化的侵略への警告として葬ったのだ」ラプラプ王はなおも言い張った。「さあ、分かっただろう…こんな話し合いの場など設けても、無意味だ。我らは相容れぬ。私を殺せ…」ラプラプ王は目をつぶった。「うーむ…」青木は困ったような顔になった。「そんなにも偏狭だから貴方は戦に負けたのだネ。我々は単に武力ではとても貴方には敵わなかった。ウサギだ、この戦いはウサギの勝利だったのです。地雷原、ダミー門、死角からの襲撃、隠し部屋。戦上手なマクタン人の手口をことごとく打ち破ったのは、貴方の忌み嫌うこのウサギがいたからこそなのダ…」青木はウサギを一匹抱き上げ、ゆっくりと立ち上がり、ラプラプ王を見下ろした。「とはいえ、誇り高い貴殿は今更敗北を認めるワケにいかないのでしょうナ。それなら仕方ない。どうぞ、この短剣で尋常のご生害を…」青木は鼻息を荒くしているラプラプ王に短剣を手渡した。

「日本では敗軍の将は四の五の言わずにこれで自刃するのです。貴方もそうしなさい」青木は遠い目をして言った。「そうか…」ラプラプ王は静かに短剣を受け取り、自分の腹を刺そうとする素振りをした。…ヤヤー!やおらラプラプ王は青木の心臓目掛けて短剣を突き出した。「ウヒョヘーノヒョー」驚いた青木は自分の椅子から転げ落ちるように後ろに下がり、そのまま数メートル走ってラプラプ王から離れた。「とんでもない御方ですナ、貴方は。私がこれだけ慈悲を示し、礼を尽くしているのに!」青木は目を丸くして、身体をガタガタと震わせながら叫んだ。「うるさい、何が礼儀だ。それは日本の礼儀だろう。我らマクタンに自刃などという慣習はないワ。ナチュラルに自国の習慣を押し付ける、やはりお前は文化的侵略者だ、このクソ野郎が…!」ラプラプ王は最後の力を振り絞って絶叫した。「さあ、殺さば殺せー」「コイツ、長者に向かって何をするのだ」「長者、こやつは更生不可能です、サッサと殺しましょう」青木を守るため躍り出てきたウサギ島兵たちが次々にラプラプ王の処刑を催促し始めた。「どうかご決断を~」「ううむ」青木は唸り声を上げた。

「コホン」再び自分の椅子まで戻って来た青木は咳払いをして椅子に座り、ラプラプ王に語りかけた。「王よ、貴方はとんでもない狼藉者ダ。しかし、この会見中、貴方は死を前にしながら少しも動揺しない。最後の最後まで敵将を殺す方途を探っている。さすがマゼラン殺しを勲章にしているマクタン、アッパレである…」青木はまた微笑を始めた。「貴方を殺すのは簡単だが、我々は今、人材を求めているのダ。それほどの勇気があるのなら私の麾下に加わりませんカナ?我々はこれからマクタン統治を開始する。基本的にココを第2ウサギ島にするイメージでいるのだが、新たに漁業を本格化させたいのダ。私たちは漁業についてあまりノウハウがなく、漁獲高は思わしくないのダ…旨いメニューのレシピもないのダ…」青木は口に唾が溜まってきた。「魚は貴方の得意分野のはずダ、ラプラプ王よ…どうか貴方にこれから設置するウサギ海送マクタン支社の水産部長になり、辣腕を振るってほしい。」青木はニッコリと微笑んだ。

「ナニ?水産部長?」ラプラプ王は驚愕の表情を見せ、しばらくしてその場に崩れ落ちた。「うう。欧米の侵略者どもは皆、敗北した原住民のことはゴミ同然に殺し尽くしたものだった…今、貴方は貴方を殺そうとしたこの私すら人間として見、仕事も与えると言ってくれている…」ラプラプ王は感動の表情に変わっていた。そして、先ほどまでと打って変わって、青木に対し臣下の拝礼を行なった。「ウサギ長者、ゼヒ私を水産部長にしてください…」ラプラプ王はさらに低頭し、頭はほとんど地面にくっついていた。「さすがラプラプ王、真のマクタン人は思い切りが良い」青木はラプラプ王の手を取った。「ともに進みましょう、未来へ…」青木とラプラプ王改め水産部長は、並んで仁王立ちになり太陽をじっと見つめていた…(続く)