「進め~」クミは軍を率いてクランクの続く通路を王の間に向けて進撃していた。「お父さん、次のカーブに行くウサギはまったく怯えていないワ」「それなら良い。怯まずに進むのだ…」実際、マクタンの伏兵は、そこではまったく姿を現さなかった。「アラっ、急にウサギたちが皆、耳を縦に折りたたんで走るのを止めた!」「なんと…」青木はアゴをさすった。「それは“耳折(じせつ)反応”だネ、おそらく。ウサギは耳が良い、つまり、音に敏感で繊細なのダ。自然の音でない金属類の摩擦音などを耳にしたとき、人間が想像する以上の不快感を覚える…。この不快を避けるため、瞬時に耳をたたむことがあるのダ。平和な国ではまず滅多にお目にかかることはない現象だがネ。マクタン兵の鎧、甲冑が擦れる音が聞こえたのだろう…。クミ、上の方向に注意しなさい…。城壁の上の方に向けて、矢を集中的に射かけるのダ…」青木のウサギについての知識が爆発した。「分かったワ」「皆、城壁の上に矢を射かけて!」ギャー。クミたちの観察では見えないところに伏兵が潜んでいたようで、マクタン兵が血染めになりながら、次々に壁伝いに転がって来た。「思わぬところに隠れていたのネ」クミはウサギの持つ伏兵を察知する能力の高さに感嘆した。「うまく行っただろう…その要領で進み続けるのダ」青木の言葉に力を得て、クミは悠々と王の間まで進むことができた。

「ふふふ、ここにラプラプ王がいるのネ、覚悟しなさい!」クミは堂々と剣を高く突き上げて王の間に入場した。「アレッ」…部屋の中はカラで、ベッドが一つあるだけだった。「ベッドの中を探って…」「将軍、布団の中には誰もいません、それにとても冷たい布団です。さっきまでラプラプ王がいたというワケでもなさそうです。」船員が悔しそうに答えた。「お父さん、ラプラプ王がいないの!もしかすると、逃亡したのかしら?」「ふーむ…どうだろう」「ピリピリピー」指揮処に構えている青木の傍に侍っていた現地人が何か言っている。「君、通訳を…」「ラプラプ王宮からは最近王が出入りしたことはないデス。あの王宮の出入口は1か所だけで、隠された入り口はないはずデス」貴重な現地人の証言が得られた。「なるほど…ということだ、クミ。ところで、まだウサギは沢山いるネ?」「いっぱいいるヨ」クミはそれがどうしたと言わんばかりに答えた。「室内にウサギを放つのダ」「まさか…ここでもウサギが役に立つノ?」半信半疑のクミが王の間にウサギを放つと、なんとウサギが部屋の隅の一所に集まり、きわめて細い隙間に鼻を寄せ、しきりに呼吸を繰り返していた。「お父さん、ウサギが一か所に固まって呼吸しているワ!」クミは心底驚いて青木に告げた。青木はポンっと膝を打った。「やはり睨んだ通りだ…それは“求吸気(きゅうきゅうき)行動”だヨ。自然界でのウサギは新鮮な空気を存分に吸っているわけだが、狭い密閉された室内にいると、そんなに新鮮な空気は存しない。環境に敏感なウサギはその辺がとても不安になるのダ。そういう時に少しでも外界に通じているらしき隙間から外の空気が流れ込んでいると、競うようにそこに集まって息を吸うようになる。ふだんはおとなしくしている個体でも俄然力が入り出すのだ…。クミの話から行くと、典型的な求吸気が出ているネ。クミ、ウサギが集まっている箇所の壁を徹底的に探ってくれ…」青木は一息に話して、ゼイゼイした。「…分かったワ、お父さん。皆の者、ウサギがたかっている辺りの壁を少しづつ、慎重に壊しなさい!」「承知しました、将軍!」ウサギ島兵は槍の柄を使って壁を叩き壊していった。ガラガラガラ。あっ!部屋の壁のレンガと断熱材の間に、非常に狭く、平たい空間が出来ており、そこに人間が一人逼塞していた。「お前、こんなところに隠れているとは、ラプラプ王だナ」兵の一人が男の首根っこを摑んで荒々しく問うた。「フフ、その通りダ。よくここまで来られたナ、しかも、この隠し部屋に気づくとは…じつに驚いたヨ、褒めてやろう…」発見されたラプラプ王は動じた様子も見せずに、不敵な微笑を浮かべた。「ふてぶてしい奴め、お前は完全に詰んでいるのダ」兵たちは壁をきれいに取り崩し、ラプラプ王の身体を取り出した。「将軍、どうしますか?ただちに斬首しますか?」鼻息を荒くしたウサギ島兵が口々にクミに判断を求めた。「お父さん、どうしよう…」「ふーむ。クミ、私もラプラプ王の生きているところを見たい。それに、捕まったとはいえ、数百年続く由緒ある血筋の王者なのダ。それなりの敬礼を示さなければなるまい。手間をかけて悪いが、指揮処まで王を連行してくれ」青木は厳かに告げた。「なるほど、それもそうネ。分かったワ、皆の者、ラプラプ王を紐でぐるぐる巻きにしなさい!長者の元へ護送する。」兵たちは迅速に命令を実行し、ラプラプ王を青木の元に引き据えに赴いた。(続く)