「不穏な黒雲が出てきましたネー、急ぎましょう!」青木は一緒に外回りをしていた同僚に言った。

「貴方は何を言っているんですか、今日の天気予報は晴れですヨ。警報も出ていない」同僚はいきり立って言った。

「そうは言っても現にあそこに黒雲が…」「だから、あなたは何の資格に基づいてその発言をしているのですか?風速、風向、ジェット気流、そういったことについて特別な知見があるのですか!!!気象予報士さんですか?」同僚はどんどんヒートアップしていく。

「分かりましたヨ、では、さいなら~」青木は同僚に別れを告げて、一人早めに帰社の途に就いた。

「うわー、ナゼだー、ふ、服がずぶ濡れダ~」遠く後ろから、雷雨に当たられて嘆く同僚の声が聞こえてきた…

「だから言ったのに…まぁ、良いヤ。あいつの帰社は相当遅れる、ならオレもゆっくりしよう…」青木はちょうど目についたオシャレな喫茶店に入った。

「ふー…」青木は一息ついてコーヒーを口にし、途端に吐き出した。「ベー」「なんですか、このコーヒーは。あまりにも苦過ぎるヨ」「お客さん、世迷い言は止めてください。このコーヒーは一流のバリスタによるブレンドですヨ」「そんなこと知るか、実際明らかに苦いんだヨ」「明らかに苦いのか、それは主観ですよネ?しかし、バリスタが一流であることは公知の事実です」店員は泰然と言い張り、まったく動じない。「それにこのオムレツの味も最悪だ、塩オムレツか、これは!」「ふっ。この店の門を見てください。ミシュランの一つ星ですヨ!」店員はどうだとばかりに星を指差した。「文句があるなら、お引き取りを…」「…」青木はうなだれて店から退散した。「仕方ない、さっさと帰社するか…」

会社に戻り自席に着くなり、青木は社長に呼ばれた。「お呼びですか、社長」「ああ、青木君。チミは、クビだ!」「ええっ、ナゼですか?私はキチンと営業成績を上げていますヨ」「ほっ。君の周辺の人間がね、君の流麗な仕事ぶりや態度、仕草を見るとイライラして、業務の効率が落ちると訴えてきているのダ。これは他の社員に対する業務妨害に当たるヨ」「そんなバカな!」「バカといって、私のこの見解は弁護士も認証済みだ。」「…」「社会保険労務士もネ」社長の後ろから専門家らしき者たちが姿を見せた。「それに君はやたらと仕事中、トイレに行くネ。トイレでの君の様子をすべて録画していたのだが、どうもキビキビと短時間で用を済まそうとする姿勢に欠けておる…これは会社に対する忠誠に欠けているとも言えるのダ」「無茶苦茶ダ!しかも、トイレ内を撮るなど人権侵害じゃないか?!」「それについても弁護士のお墨付きがあるヨ」「いったいどこの弁護士なんだ」「弁護士は弁護士だ、屁理屈を言うな!」「青木君、諦めナ」すでに社内は、屁理屈を言っているのは青木の方だという倒錯した雰囲気で満ち満ちていた。「おまけにもひとつ、青木君。キミは給茶コーナーのパック牛乳を流しに捨てたネ」「はい、腐っていたからです」「あの牛乳は“公正”マークのついた牛乳じゃないか。君は“公正”マークの認定機関より上位なのかい?」「言いがかりだ!」「うるさい、会社の癌め!」…青木は腕っぷしの強い社員2人に脇を抱えられて、社屋から放り出された。

「うう、なんて世の中なのだ…」青木は近くの公園のブランコでボーっと揺られていた。ガシャーン。ブランコが、落ちた。「なんだ、これは!」青木は公園事務所に連絡に行った。「もしもし、公園のブランコ、壊れてますヨ」「は?」間の抜けた顔の職員が中から出てきた。「おかしいですネ、そのブランコは一級施工技士が製作したモノですヨ。だいたいこの公園自体、一流の造園屋によって造成されてます。貴方、どこかの造園学科は出られてますか?」「…」

青木は一人街をブラブラした。牛丼屋から腹を押さえて出てくる者が多数行き交う。「うう~、一流の精肉店の牛肉による牛丼なはずなのに、ナゼだー」「大丈夫だヨ。“ただちに健康に悪影響はない”ってさっき大学教授が言っていたゼ…」糞を漏らしかけながら、二人の男が肩を叩き合っているのが青木の視界に入った。

「あー、アホくさ。誰が言おうと、真実は真実、背理は背理だ。さあ、我が家に帰ろう…」青木は手を挙げ、タクシーを止めた。「地獄3丁目の我が家まで…」「はい、地獄3丁目ネ」タクシーは発進した。…「ん?運転手さん、止めてください!そこは通行止めです!」「えっ、だけど、地獄3丁目でしょ?これが最短経路ですヨ」「それはそうですけど、工事中で大きな穴が開いてるんですヨ。迂回してください」「そうは言ってもナー。このナビ、最新版ですヨ。JISの認証もあるし。あなた一個人の意見に尽きてますよネー」「止めろー」ガシャーン、ポーン。タクシーは鉄柵を跳ね飛ばし、穴の奥底に転落した。「あ~…」青木と運転手は、タクシーごと深い奈落の底に消えた…

“ここが青木さんの乗車したタクシーの転落した現場です。ナビの指し示す進路に従い、敢然と絶命した青木さんは、我々の住まうこの社会に一石を投じたと言えるのではないでしょうか?”(完)