「みんな、長者をお守りしろー」青木の息子の一人が大声を出した。船員らは青木を囲んで人間の盾となり、じりじりと後退していった。「ううむ、なんという矢の雨ダ」青木は身震いした、が、矢は続かずマクタンの精鋭兵は槍を手に突撃してきた。「おお~」青木はさらに後退した。「クミ!」青木はクミを招き寄せ、イヤホンを渡した。「頼むゾ」

マクタンの近衛兵はじきに姿が見えなくなってきた。「よし、クミ、鶴翼の陣を敷き、前進をするのダ」「お父さんは来ないの?」「私はここから無線で連絡する」「…分かったワ」クミがウサギ島の全軍を指揮する形で先頭に立ち、要塞の方角に向けて一路進軍していった。「大丈夫ヨ、敵はもう出てこないワ…」「そうか、近衛の部隊が出てきたときはもうおしまいかと思ったが」「ピリピリピー」青木を俄かに慕って傍に寄って来ていたマクタン人の一人が何かを言おうとしている。「チミ、通訳を…」船員によると、打ち続いた異常気象の結果、兵員も含めた多くのマクタン人が亡くなっており、近衛兵の数も以前に比べ激減しているということらしかった。「なるほど…」青木はほっと胸を撫で下ろした。「この天候でないときにマクタンに攻め入っていたらと思うと寒気がするナ…やはり、ラプラプを討つのは今しかないのダ。クミ、聞こえるか!」「何?」「恐れることはない、陣形を崩さず、猛烈に攻め立てるのだ」「了解」クミは全軍を鼓舞しながら全速力で駆け出した。「一気に要塞を陥し入れるわヨ~」

皆が勇んで進み、要塞が目前に迫ったとき、「豚汁ですヨ~」進む方角の脇から、豚汁を勧める現地人の賑やかな声が聞こえてきた。「ははは、もはや勝利したも同然ダー、マクタンの民心はラプラプ王から完全に離れている」多くのウサギ海送の船員が豚汁の賄いをしている方に走って行った。「アレ、みんな、何しているの!私の命令を無視するのは軍律違反ヨ」「勘弁してください、クミ様。寒すぎて我々は腹が減っているのです…」「…」クミが呆れながらもどうしたものかと思っていると、ゴーン、グオーン…何か金属製のモノが炸裂する鈍い響きが辺り一帯に響いた。「お…」多くのウサギ島の兵員が粉々に砕け散り、肉塊と化した。「…!」クミは口を抑えて身震いした。「いったい何が起こったノー」「クミ様、地雷です、敵は地雷原に我々を誘い込んだのデス」現地に詳しい船員の一人がクミに注進した。「お父さん、聞こえる?兵の多くが地雷でやられたワ」「うむ…こちらにも轟音が聞こえていたヨ。少しマクタンを甘く見過ぎたようダ。いったん全軍退却せよ。退き陣じゃー」「了解、みんな、長者のところまで退くわヨ。ついてきて~」クミは涙を流しながら青木の指揮処まで軍を退いたのだった。

「ごめんなさい、お父さん。私が軍を統率できなかったばかりに…」クミは青木の前でくずおれ、多くの兵を死なせたことを謝した。「クミ、チミには何の罪もないのダ。敵の勢力を見くびって無理押ししてしまった私の判断ミスなのだ…また息子を幾人も死なせてしまったー」青木は天を仰いで叫んだ。「けど、お父さん、終わったことは仕方ないワ。ここからどうすべきかしら?いったんウサギ島に引き返すのも一案だと思うけど」クミは戦意喪失気味になって言った。「いや、それはいけないゾ。この異常気象という天の助けを活かせなければマクタンを討伐できるときは今後絶対に来ない。雪の中ですらこの勇ましさ、ふてぶてしい地雷作戦まで繰り出すのだからナ…」青木は腕を組んだ。「とはいえ、どこに地雷が埋まっているのか、皆目分からないからナ…もしかすると、要塞の周りは全部地雷原やも…」「ピリピリピッピツ」「ん?そうか…」青木は現地人の見立てに大きく頷いた。「マクタンを軽く見てはならないが、恐れ過ぎてもダメだ。わざわざ豚汁を呼び水にウサギ島勢を騙したのは、逆に言えば地雷原が限られているからなのダ。そうだ、どこにでも地雷があるならヘンな作戦で騙す必要はない…ありがとう、善良なマクタン人ヨ…私は息子の死のショックで判断能力が落ちていた…」青木は少し元気になっていた。「それにしても、地雷を持っていたとはナー。マクタンは前時代的な武器しかないと思っていたら…ようし」

「クミ。明朝、要塞に向けて再度出陣するのダ。ウサギはまだ沢山いるネ」「ウサギはいっぱいいるヨ」「私はウサギ島に連絡を取り、さらにウサギを追加輸送するように命じるゾ」「?ウサギなんか出陣の役には立たないわヨ。ご飯を普段より増やすってこと?」「そうではないのダ、まあ、良い…私は明日もここから指揮を執る。この辺りに塹壕を掘ってくれ。万一に備えてナ」船員らは指揮処の周囲に塹壕を掘り、兵を配した。「良いゾ…では、皆、明日に備えてシッカリと休息を…」ウサギ皮の敷物を土に敷いて、ウサギのマットを被り青木は眠りについた。(続く)