「驚いた光景だネ、ウサギ島で一面の雪を見るとは…」青木は思わず唸った。砂浜にいた青木、オミク、クミは足早にウサギ観光に駆け込んだ。

「ピリピリピノノピノ~」フィリピンのテレビでもこの降雪について取り上げていた。言葉は分からないが、映像を見るに、寒冷前線の異常な南下によるもののようだ…

「だいぶ局地的ではあるようだネ、異常気象だナー」青木は、コーヒーを片手につぶやいた。「はい、長者。このウサギ島と、…マクタンだけがこの状況になっているようです」「なんと…」ウサギ観光の従業員の言葉に青木は絶句した。「…よりによって、マクタンとウチなのかネ」青木は口先を尖らせた。「外の様子を見回るとしよう…」

「うーむ。この島自体は何の問題もないネ」「はい、ウサギはむしろ元気になっているようです」「ホントね!」従業員の言葉に、青木と並んで歩いていたオミクも相槌を打った。「もともとが日本原産のウサギだからよネ」「まさに…もうウサギ島に来て何十代にもなるだろうが、血は争えないのダ。本来あり得ぬ雪で活気づいている。言葉通りのユキウサギではないか」青木は大笑いした。「観光客の方々も喜んでいるヨ」

「我々も童心に帰って来たナー、そして、望郷の念もそそられるが…」「皆で雪合戦でもするゾー」「キャハハハ」青木の小さな子たちがはしゃぎながら、ウサギふれあい体験ゾーンの草原で雪玉を投げつけ合い出した。ウサギたちもその周りを飛び跳ね、雪玉をかわしながら楽しんでいる。イナバのシロウサギ事業に回っている砂浜のウサギの跳躍力も高まったように遠目には見えた。

「さあさあ、お父さんもお客様方も、皆さん、ウサギ鍋の時間ですヨー」絶妙なタイミングでクミが鍋を持ち、現れた。「おー」「待っていました~」活きの良いウサギを煮た鍋をフィリピン人といっしょにつつく。幸せな時間だ…「うーむ、オツだナー」ウサギ島に思わぬゆったりした、楽しい時間が流れていた。

数日後「…マクタンの方はどうなっているのだろうか」自邸そばの砂浜にいる青木は双眼鏡でマクタンの方角を見つめた。ふだんは盛んに行き来している現地人の姿が見えず、少数の兵士のみがウサギ島の方向を窺いながら哨戒を続けているようだ。

「クミ、どうもマクタンの様子が平素と異なっておるのダ。やはりこの気象による影響なのだろうカ?」「確かに、そうネ」クミも双眼鏡を外して、言った。「一面が雪原になったせいか、生き物の姿も見えなくなったみたいヨ」「うーん」青木はアゴを撫で始めた。「よし、クミ。ここは思い切ってマクタンに乗り込もう!」「えっ、お父さん、頭がおかしくなったの?何の準備も出来ていないワ」「いくら準備しても奴らの底知れなさは変わらない。明らかに今、奴らは弱っている。この機会を逃せば、あの島に行くことは到底できないだろう。行くぞ…ウサギ海送に命じて、10艘以上の船を用意してくれ。息子たちに槍と盾を持たせ、1艘に2人づつ乗船させるのダ。ウサギも沢山積むように」「承知しました、長者」近侍していたウサギ観光の従業員は青木の元を去った。程なくして、青木ら一行はウサギ島を出帆した。

「見えてきたゾー、マクタンだ!」雪雲に覆われた不穏な空模様のなか、青木らの船団の視界に薄ぼんやりとしたマクタンの島影が入って来た。「やはり…あの鬱蒼としたジャングルがすべて萎びている。大変なカタストロフィーだヨ」青木は嘆息した。「あの砂浜から乗りつけよう、あっ」陣屋らしき小屋から兵士が数名現れ、青木らに向かって問答無用に矢を射かけてきた。「これは完全に勘違いされている。我々は君たちを助けに来たのだー、敵ではないゾ!」青木は思わず絶叫した。

「ムダよ、父さん。マクタンの私たちへの警戒心は尋常じゃないワ。かつ、お父さんが日本語でしゃべっても分からないし」「うーむ…」クミの言葉に青木はしばし考え込んだ。「…現地人の意見はどうだ?ナニか対応策はあるカネ?」「はい、マクタンは非常に典型的な原住民に見られるパターンをそのまま織り込まれたような民なのです。決して目をそらしてはなりません、負けたことになります。槍の先をしっかり奴らに向け、示威しながら堂々と行けば、ダイジョウブです。この場面においては我らの人数の方が遥かに多いことには気づくはずですので…」ウサギ海送の船員は言った。「なるほど。その要領で、行くぞ…」

青木らは無事、マクタンに上陸した。「今です、長者。奴らを背後から!」船員の言葉を受けて、青木が厳しい表情で息子たちに合図をした。「ヤー!」息子たちはマクタンの兵士を後ろから突き刺した。「ははは。見張りは、これだけなのだナ」青木はホッとして言った。

「お父さん、この島にいるはずのマントヒヒ、サル、ゴリラがいないワ…」しばらく内陸部まで歩いてから、クミは四方を見回して言った。「うむ。この島の食糧源が断たれているということだネー、ミニ氷河期と言える」青木も双眼鏡で周囲を観察しながら答えた。「おっ。マクタンの現地人だゾ」青木ら一行の目の前に、マクタンの一般住民のたむろしているのが見えてきた。皆うつむき、生気がなく、腹を空かせているようだ。「これは…ウサギ島とは真逆だナ。良し。息子たちよ。持参してきたウサギをケージから出すのだ。」青木は大きな声で命令した。「お父さん、どうするのですか?」「どうするといって、彼ら飢えた者に食わせるのダ。」青木は当然のことと言わんばかりに答えた。「お父さん、何を考えているのですか、考え直してください!」息子の一人が哀願した。「マクタン島はお父さんの息子を二人、死に追いやった島ですヨ!」「あの住民たちもさっきの兵士みたいに、やっちまいましょう!」もう一人の息子もいきり立って言った。「いかん、いかんヨ。息子たちヨ。チミたちは復讐心にばかり捉われているヨ」青木は息子らを諭し始めた。「ウサギ島の歴史は知っているネ…戦時中に野獣を食い尽くして、食い物がすべてなくなったとき、最後の希望となったのがこのウサギの肉なのだ、そして繁殖力なのダ。私たちは憎しみを捨てて、このウサギを飢えた者らにやらなければならない。今の状況は、あの戦時の飢餓と同じなのだからナ。」青木は強い使命感を感じながら、言った。息子らは青木を囲み、深く頭を下げた。「さすが長者です、感服しました。私たちが浅はかでした…」息子らはケージを開け放ち、次々にウサギを出した。土鍋などを準備し、簡易コンロで火にかけ、どんどん捌いてマクタン人に食わせた。「ウサギ鍋ですヨー、旨いですヨー」空腹が極限に達していたマクタン人は次から次にウサギ鍋に手を出し、食っていった。「ピリピリ~」「ピノピノ~」「長者、マクタン人は皆、満足しているようです」ウサギ海送の船員が言った。「うむ、うむ…」青木は満ち足りた顔でほほ笑んだ。

ピュピョピュピュピュ!マクタン人と青木ら一行との間に温和な空気が流れ出したそのとき、ふいに矢を射かけて来る兵士の一団が現れた。砂浜で警戒していた兵士に比べ、身に着けている甲冑などが遥かに立派である。「盾だ、盾を出せー」息子の一人が叫び、皆で素早く矢を防いだ。「長者、ラプラプの王宮の近衛兵のようデス!」現地人の船員が緊迫した声で青木に告げた。(続く)