「結局、ミチオくんは今際の際にも、マクタンのマの字も口にはしなかった…」

自邸の執務室でロマネコンティを飲みながら、青木はポツリとつぶやいた。

「我々は、ありもしないマクタンの影に踊らされていただけなのかもしれないナー」

青木は大きくため息をついた。「ああ、それにしても、我が息子たちヨ~!!」青木はワイングラスをテーブルに叩きつけ、倒れるように窓に寄りかかった。「してもしなくても良い警戒警備のために、ダ…」

数日前、ミチオによる青木暗殺が失敗に終わった後、直ちにウサギふれあい体験ゾーンに向かうも時すでに遅く、青木の息子2人はミチオのつくった落とし穴の底で短剣に刺さり、息絶えていたのだった。ウサギ観光の従業員の中にミチオが言ったところの内通者が数名混じっており、彼らが青木の息子らに“ウサギにまた異変アリ”との虚報を吹き込んだうえで落とし穴付近に誘導、ナニも知らぬ息子らを不意を衝いて後ろから穴に突き落とした、というのが他の従業員の証言による事の顛末であった。内通者はその場に駆け付けた他の従業員が制圧し、その上から落とし穴に投げ込んだとのことであった。

「ううむ、内通者を成敗するのは当然にしても、ダ。マクタンなのか、それ以外のナニかの黒幕が存するのか、その辺を吐かせてからにすべきだったのではないノカ~!!」青木は過日散々繰り返した、言って詮なき言葉をまた叫び散らした。

「仕方がないワ、お父さん。これからのことに目を向けましょう…」青木に近侍していたクミが穏やかに慰めた。

「おお、クミよ。私はミチオを盲信していたヨ。許してくれ~」青木はクミにもたれかかった。「ふふ、確かにショックだけど、私にとっては突然ではなかったのヨ。ミチオへの異物感のようなモノはこのところ日増しに増していた。それに…」クミは何やら赤い表紙の書物をカバンから取り出して青木に見せた。「ん?それはなんなのだい?」「お父さんの気持ちが収まってきたら、教えようと思っていたんだけど…あのミチオの謀反のアト、ミチオの部屋でミチオの遺品を整理していたのヨ。そのときにコレが出てきたノ…」「ほう」

青木は赤い表紙の本を手に取り、ページを数ページ繰るなり、本を床に落としてしまった。手はガタガタ震えていた。「な、なんと、コレは!マクタンによる異民族排撃を賞揚する内容のオンパレードではないか?!しかも、この本のタイトル。マクタン・マーダー・メモリアル…“マクタンによる殺しを記念せヨ”という副題まで付いているゾ!」青木は声が裏返っていた。

「お父さん、ミチオがコレをどこから入手したのか、このことが謀反の計画にどのくらい影響があったのかは不明ヨ。けど、マクタンは必ずしも事件と無関係な“幻影”だとは言えないわネ」クミは寂しそうに遠い目をして言った。

「ム、ム、無関係どころか、やはりマクタンがこの件の黒幕ではないか。というより、ミチオ自身がマクタンの一員だったのカ!」

「お父さん、そこまでは断定できないワ」クミは冷静に言った。「いや、そうに違いない。なんにせよ、我々をこのフィリピンから排除しようとする企みをミチオはこの本でより確かに膨らませていったのだ…」青木の目は怒りに満ちていた。「誰かいるか!」「はい、長者」青木の呼びかけで従業員が走り寄って来た。「あのときのミチオの内通者はもちろん、現地人従業員すべての社宅内の荷物を漁るのダ。彼らの中でマクタンに絡むモノを所持しているのがいたら、直ちに報告せヨ!」「承知しました」

青木の命による“マクタン狩り”ともいうべき事件の捜査が始まった。果たして、内通者はもちろん、他の従業員の中にも複数名、「マクタン・マーダー・メモリアル」のほか、マクタンによるマゼラン退治の記録を記した文書などを隠し持っていた者が発見された。青木の追加の命令により隠匿者は厳しい事情聴取を受けた。その結果によると、ミチオをはじめ彼らは、マクタンの現指導者から直接の指示を受けたわけではないものの、もともと極貧の環境に育ったことから来る高額所得者への不満、コンプレックスを根に持っており、「マクタン・マーダー・メモリアル」の思想に出会うことでその不満の芽を大きく育てあげ、今回の謀反を起こしたことが見えてきたのであった。

「うーむ…」緑茶を持つ青木の手は、今日も変わらずワナワナと揺らいでいた。「マクタン、マーダー、…か。通称“MMM”。なんと忌むべき思想なのダ」青木は義憤にわなないた。「おそらくミチオくんは、マクタンのMをミチオのMと重ね合わせ、ミチオ・マーダー・メモリアル、くらいの妄想に浸り、自身をラプラプ王になぞらえていたに相違ないゾ…」「お父さん、そこまで深読みしなくて良いワ…ミチオへの信頼が全部間違いで、事件の見立てもすべて間違っていたからって、ヘンなところで汚名挽回しようとしないで…」クミは呆然と父を諭した。「いや、そうとも言えまい!この島から忌まわしい影を一掃しなければ、死んだ息子たちも浮かばれないゾ!」「それはそうだけど…」

最終的に青木が下した判断により、問題の書物などを隠匿していた従業員は全員が成敗され、ミチオの遺体とともに、かつてのウサギ大量死で犠牲になったウサギたちの埋葬されている穴を掘り起こしたうえで、その上から投げ入れられた。「ウサギたちの霊ヨ、お前たちの仇は討ったゾ!」青木は天に叫んだ。その後、ジャングルの真ん中にある小高い丘につくられた息子たちの墓に参り、事件の真相を告げたのであった。(続く)