ホーホー。ウギャーピー…キッキッーキラキラ…

ウサギ以外に動物がいないため静寂に包まれたウサギ島の夜に、遠く周囲の島からフクロウ、ゴクラクチョウ、さまざまなサルの声が響いてきていた。青木とオミクはロッジの2階で床に就いていた。

「驚いたネ」オミクが静かに言った。「本当ですネ。二匹のウサギしかいない状況から立ち上がり、生焼けのウサギ肉の食中毒で家族が死に絶える危機を乗り越えて、あの爺さんは生き抜いてきたんだネ…」青木はまだ感動に浸っていた。

「で、どうする?」オミクはむくっと上体を少し起こした。「ホントにもう、日本に帰るチャンスを窺うのは止めるの?」「もう僕はこの島に根を下ろそうと思うのデス…」青木は決意を固めたように言った。「オミクさんと過ごしたセブで、僕はめちゃくちゃにカード払いをしまくり、豪遊をしたでしょう?そして、これだけの長期間、日本の会社勤めも放り出している。どうせ今日本に戻ったところで、僕はもうおそらくクビになっているヨ…そして、カード破産者になるだけなんだ…」青木は身を震わせた。「日本での自分は、しょせんウダツの上がらないサラリーマンだったからネ。島暮らしの方がイキイキと活力をもって生きられている気がするヨ」青木は起き上がり、昼間に搾ったココナツジュースを口にした。「オミクさんはどうなんですか?令嬢としての生活から離れて…」青木は恐る恐るオミクに尋ねた。「私は青木に比べたら日本での生活にまだ執着があるヨ」オミクは率直に言った。「けど、ここでの刺激的な暮らしが楽しくなってきたからネ。あの家は兄が継ぐから問題ないし!毎日サバイバルしてると血流まで良くなって来る感じがするの。」

「オミクさん…ありがとう…」青木はオミクを固く抱きしめた。

 

青木とオミクが島に定住して長い時が過ぎた…「ハハ、未熟だナ。ウサギに近づくときはこうするのダ!!」青木がまだ小さい子らに手本を示すべく、腰を低くして音を立てずにウサギの集まりに接近する。「そして…」素早く左腕を前に押し出し、槍を放つ。ドスン!槍は三匹のウサギに命中した。「オオー!」「さすがお父さん!」子どもたちは目を輝かせて青木に拍手を送った。「ハハハハハ。ここまで来るには相当の習練がいるのダ」青木は得意満面である。「調子に乗って。お父さんも元はドヘタクソだったのヨ」ヤシの実を切ったモノをおやつに持ってオミクもロッジから出てきた。「ワー、今日もヤシだー」子どもたちはムシャムシャとヤシにかぶりつく。「うむうむ…」青木は目を細めた。

「すっかり変わったネ、この島も…」オミクがしんみりと青木に語りかけた。「うん…こんな立派な加工場ができるとはナー。亡き翁が見たらどう思うか…」青木とオミクの間の子のうち、すでに大人になっている子が奔走して、島にウサギ肉工場を建てたのだった。「あの皮剥ぎ作業が一番殺伐とした気持ちになる工程だったからネ…だいぶ気が楽になったヨ」青木はほっとした表情になった。「それにあの島の東側も見違えるよネ…」オミクは柵で仕切られた島の東部に目をやった。「確かに。アレもなかなかだよネ。うまいことを考えるヨ、クミは」完全に周囲から隔絶された営みを続けていたウサギ島、その東側を思い切って観光客に開放し、航路を開いて、ウサギとのふれあい体験をするゾーンを長女のクミが設立したのであった。「あの子は商才に長けているネー」ホホホッと青木は笑った。「子どもは沢山つくるものだネ。沢山いると思わぬことをやり出すのが出てくる。観光、工場、自分だけではとてもそこまでは行かなかったヨ。おっ、クミ、今日の客はどんなもんだったのカナ?」客を誘導する業務から帰って来たクミに青木は声を掛けた。「みんな今日も大喜びだったヨ。この島だけ他と全然違うからネ。ウサギなんて珍獣ここにしかいないもの!」クミは快活に言った。「またペソは稼ぎ出せたのかい?」身を乗り出して、青木が尋ねる。「今日は1000人くらい来園したからネ。一人1000ペソで、百万ペソ稼いだヨ」クミはニンマリした。「このお金でミチオとセブ辺りに出掛けるんだ!」ミチオとはクミの夫であり、青木が命名した日本風の名前である。この島には青木とオミク、その子らしかいないため、子の配偶者には他の島から威勢の良さそうなのを連れてくることを青木とオミクも認めたのだった。「そうかい。せっかく稼いだのだから外に出ないと使い道がないし、それは止む無い。が、あんまり外の世界に馴染み過ぎては行けないヨ、我らはウサギ島の番人なのダ」青木はキツイ口調になりクミに警告した。「別に良いでしょ!お父さんの言う通り、入島した観光客が絶対に外来生物を持ち込まないように厳重に監視しているんだから。それでお父さんとお母さんの世界観は守られるでしょ。なんで私のことをそんなに縛り付けるのヨ!」客管理用の警棒を叩きつけてクミは、青木とオミクの住むロッジの2軒隣に建つミチオ夫婦のロッジに走って行った。(続く)