ルヴァ様CV関俊彦様
クラヴィス様CV田中秀幸様
エルンスト様CV森川智之様
ロザリア様CV三石琴乃様



ルヴァは、午前中の聖殿への出仕を早めに切り上げて自邸に戻った。執事長のイッサが待ちかまえていたように、もう燕尾服に着替えるようにルヴァに迫った。

「お帰りなさいませ、ルヴァ様。今日の聖獣の宇宙で催される公式舞踏会に遅れては大変です。ですからもう着替えられて、調べものの続きをされたらいかがでしょうか?白衣を上から着られたら、汚れなくていいと思います。」

「そうですね。もう着替えますか。」

ルヴァは促されるままに着替えた。普段は手伝わせるタイプではないが、何度結んでも蝶ネクタイが自分では結べなかった。イッサに結ばれて鏡の前に立った時、前回、結んでくれたのはロザリアだった。

燕尾服の上に白衣を着て、ルヴァは蔵書室の奥の魔界ではなく、薬草や薬等が保管してあるスペースで、5日間の経緯と『桜の迷路』の説明を同じ格好のクラヴィスにしながら『桜の迷路』の調合を5日にして、4度目の調合を試していた。
『桜の迷路』は、ある星に伝わる月の神様の涙で塩漬けされた常花桜の花から出来た劇薬のお茶である。ルヴァが地の守護聖になる以前から地の守護聖の邸の薬草棚にあったもので、その故事と共に厳重に保管されていた。


「『桜の迷路』と言われる故事がありまして、
ある星に太陽と月の双子の神様がいました。太陽と月は双子で、声も顔もそっくりでしたが、月の神様は下半身が白い鱗に覆われた蛇の姿でした。夜が暗いのは昼を司る美しい兄の太陽の神様への引け目からでした。

ある夜、月の神様は窓を大きく開けて泣きながらお祈りしている娘を夜空から見かけました。その娘は父親と二人暮らしでしたが、父親が7日も前の朝に出かけたきり帰ってきませんでした。夕方には帰ってくる父親が帰ってこないので、娘は父親が帰る時間になると眠くなるまで、父親が帰ってくるようにお祈りをしていたのです。

月の神様は、娘の願いを聞いて、父親を捜すと父親は黄泉の国にいました。娘の父親は不幸な事故で、最後に出かけた日の帰りに、亡くなっていたのです。父親は月の神様に、娘は目が見えないから1人では生きていけない、娘をお願いします。と月の神様に頼みました。

月の神様は、娘を哀れに思い、父親が亡くなったことを告げると、父親の代わりに娘の世話をすることにしました。月の神様は、初めて娘の顔を見て、声を聞き、その心の美しさに、自分の心の闇と半身の醜さに恥ずかしくなり、白い鱗がピンクに染まると、ひらひらと地面に落ち常花桜という桜の木が生えて花が咲きました。

名前の通り枯れない桜で常に咲き続けては、時折、ひらひらと花弁を舞わせました。月の神様は毎夜、夜の終わりに娘の元を尋ねました。娘は月の神様の優しく少し冷たい手が好きでした。月の神様は娘に欲しいものを聞くと、娘はこれ以上は何もいらないと言いました。娘はある夜、月の神様の顔に触れると、目が見えるようになりたいと月の神様にお願いしました。

月の神様は娘の目が見えるようにすることは出来ても、目が見えるようになった娘が、自分を怖がり嫌われてしまうのではと思うと、顔も声も変わらないのに、太陽の兄と違う醜い蛇の半身が忌まわしくて、美しい兄が妬ましくて白い鱗が深い闇色の青に染まりヒラヒラと落ちて、青の常花桜となりました。青の常花桜は芽も出ず、木に成らず、ただ地面に花として落ちるだけです。絶望で咲いた花は実を結ばないからでしょうか。
目を治してあげることが出来ても、治してあげたくない卑しい心にも悲しくて涙が零れました。その悲しい塩辛い涙が、青の常花桜を塩漬けにしてぽろぽろ零れました。

月の神様は、涙で塩漬けになった青の常花桜を小瓶に集め隠してしまいました。夜が深く青く暗いように、月の神様の心の闇の色をした塩漬けの常花桜を怖く思ったからです。

この日は、昼になっても、月の神様は塩漬けの青い常花桜を隠すのに必死で、昼を司る兄の太陽が動き出しても、空に昇ったままでした。

太陽の神様は、月の神様が取り零した塩漬けの青い常花桜を拾いました。今朝だけでなく月の神様が、この頃は朝になっても、空にいるのを不思議に思っていたので、青い花弁がだんだんとピンクに変わっていく花びらの後を追いかけ、目の見えない娘に会いました。

山々に囲まれた湖の畔にたくさんの常花桜が咲いていました。娘のまわりは全てが優しい桜色で太陽の神様は娘に一目で恋に落ちました。
太陽の神様が来るのを感じて、娘は月の神様が夜を待たずに来てくれたのだと思いました。太陽の神様は、月の神様と違って自信家で自分の心のままに生きている神様でした。
娘に直ぐに自分の恋心を打ち明け、愛の証に、何が欲しいか娘に尋ねました。太陽の神様と月の神様は双子な上に声も顔も似ているので、娘には別の神様だと分かりませんでした。
娘は目が見えるようになって、あなたが見たいといいました。太陽の神様は自分を娘が受け入れてくれたことを喜んで、娘の目を見えるようにしました。娘は目が見えるようになったと同時に、太陽の神の手の熱で儚く燃えてしまったのです。

夜更けになり月の神様が娘の元に訪れると、娘の形をした灰が残るばかりでした。月の神様が娘の灰を抱きしめると灰は塵となって、常花桜の木々を覆いました。それ以来常花桜は、ただの桜の木になりました。
桜の木が春に咲くのは、太陽の熱さが苦手なのと優しく冷たい月の光に照らされるために、春の短い季節しか咲かなくなりました。
その星では、山の奥にある桜の林に夜は、行っては行けないという言い伝えがあり、春になると月の神様が娘を偲んで桜の木々で迷路を作り、娘を太陽に触れさせないために、夜桜の迷路に永遠に閉じ込めてしまうからです。

この故事によると、月の神様が小瓶に入れて隠したという塩漬けの青い常花桜を、お茶にして入れ替わりたい相手と一緒に飲んで見つめあうと、目の前にいる相手と心と体が入れ替わることが出来る『桜の迷路』というお茶になるのです。
月の神様の心の闇で夜のように深く青く染まった常花桜は、月の神様が日頃から、兄の太陽の神のようになりたい、入れ替わりたいという心の奥で願っていたからと云われていました。
薬として、高値で売られるだけでなく、時には戦争を引き起こす原因になったので、神鳥の宇宙に召し上げられ、地の守護聖が代々保管する劇薬の一つになりました。
この『桜の迷路』は必ず入れ替わることが出来るというものではなく、拒絶反応を起こして死に至る危険性があり、殆どの人間の場合は入れ替わることが出来ず死ぬ確立が高いのです。

現にエルンストとロザリアが『桜の迷路』で心と体が入れ替わった時、エルンストは無事に直ぐロザリアの体で目覚めましたが、ロザリアはエルンストの体の中で三日三晩昏睡状態に陥り四日目の朝方に目覚めました。同じように『桜の迷路』を使って二人の心と体を元に戻すのは、普通の人間とは違う守護聖や女王補佐官でも、死の危険性があります。

私は、エルンストになりたかったのです。ロザリアがエルンストと話すときの屈託のない笑顔や、私に話かける時はタイミングを見計らうのに、エルンストには躊躇なく声をかける所とか、眼鏡はかけていてもジュリアスのように端正で美しい顔に、私は地味だからでしょうか、神鳥の宇宙の推定年齢26歳という最年長であるにも関わらず、一向にロマダンに呼ばれないこと等が重なって、

『桜の迷路』をお茶として調合し、迂闊にも薬品棚にいれるか、保管庫に戻すことをせず、薬品棚の隣の茶箪笥にあった桜の絵の描かれている空の茶筒に入れて、茶箪笥に閉まって忘れていました。
『桜の迷路』のお茶を完成させると、鬱々としていた気分と長年の知的好奇心の一つの両方が満足し、美しい気遣いをしてくれる恋人がいて、『桜の迷路』さえ完成させてしまう自分に酔っていました。奢りからくる自信は、使うことない『桜の迷路』の、解毒薬を作る必要も忘れさせました。誰かが誤飲しないように破棄することさえも。

エルンストとロザリアが『桜の迷路』で入れ替わってしまった五日前の夜、私とロザリアは二人で夜桜を見に行く約束をしていました。
聖獣の宇宙からの姉妹宇宙としての記念品の一つで、森の湖の奥にある桜の木です。聖獣の宇宙の聖殿にある桜からとった若木を、挿し木して育ち漸く桜が咲きました。ロザリアは執務を終わらせるとお花見の準備をして、蔵書室で私を待っていました。
私は生憎、執務が終わらず帰るのが遅くなってしまいました。邸に戻ると執事長のイッサにロザリアとエルンストが蔵書室で私を待っていると告げられました。私は蔵書室に向かうと、二人が仲良く話しているのを、半分開いた扉から声もかけず覗いてしまいました。
源氏物語の若紫について夢中になって、互いの見解を述べていました。

「源氏の君は、若紫と相当に歳が離れているではないのですか?少女の若紫から見て、源氏の君はおじさんではないのですか?」

「歳が離れていると言っても、二人の歳の差は8歳から10歳程度の歳の差でしょう。私とルヴァも9歳離れていますけれど、ルヴァのことおじさんだなんて思ったことありませんわ。」

「でも、彼女が大人になるまで源氏の君は待ちませんでした。気持ち悪いと思うのですが。」

「源氏物語の世界では、結婚に少し早いくらいの歳には若紫は成長していましたわ。それに若紫は源氏の君が最初から好きだったのよ。結婚って女性はナーバスになるものだって、ばあやから聞いているわ。」

「その例えばですよ。ルヴァ様に、今、結婚したいと言われたら、ロザリア様はできますか。」

「もちろんですわ。でもリモージュ陛下が泣くから、もう少し待っていただくことになるかも。」

「そうですね。もし、ルヴァ様が執務の都合で地球のような時間の進みの早い惑星に出向され、30歳になって戻ってきても、その気持ちは変わりませんか。」

「変わらないわ、エルンスト。聞きたいのは私のこと?ルヴァのこと?それとも誰のことを聞きたいの?」

「ロザリア様の意見を参考にさせていただいて、今後のアンジェリークの新作の方向性について吟味を。」

「そう、私の意見ね。好きな人なら関係ないですわ。歳の差なんて。それよりルヴァが遅すぎるわ。いつも何かに夢中になると、私との約束なんて忘れてしまうことの方が問題ですわ。」

「今夜は、ルヴァ様とデートだったのですか?それは長居をして申し訳ありませんでした。」

「いいえ、いいのよ。エルンストのお陰で気が紛れましたわ。聖獣の宇宙から挿し木していただいた。桜の木が今夜は満開だから、夜桜を見に行く約束をしていたのに、ルヴァにとってはその程度の約束なのですわ。」

「あの木がとうとう咲いたのですね。あの桜に似ている、桜の木は結局、桜だったのですか?聖獣の宇宙と同じように咲いているのですか?」

「それが違いますの。桜のような雰囲気は変わらないのだけれど、上に枝が伸びて咲いているの。」

「それは興味深い。」

「もう待ちくたびれてしまいましたわ。エルンスト、よかったら二人で一緒に先に見に行きましょう。」

「私はいいですが、そのお二人はデートなのではないでしょうか?」

「デートは、殿方が待つものであって、レディが待たせる方でしてよ。だから、もう今夜はデートじゃないわ。エルンストも桜もどきの夜桜に興味があるんでしょう?」

そう言うと、バスケットに忍ばせていたブランデーを棚に戻すと、茶箪笥の方にエルンストと歩いて行きました。私は間抜けにも、再び嫉妬心に煽られ、直ぐに声がかけられず、書斎に向かい読みかけの本を読んで引き籠ってしまいました。
暫くすると青い顔をした執事長のイッサが、私の肩を叩き、ロザリアとエルンストが茶箪笥から茶筒のいくつか持って、森の湖に行ったと言うのです。
二人が茶箪笥に向かった時、一緒に入っている煎餅等を持って行くのかと思っていました。茶箪笥には薬効成分のある茶葉の入った茶筒もあり、特に飲んだからと言っても、お腹を下したり、眠くなったりする作用がある程度のものしか入れてないので、鍵もかけていませんでした。ただお茶を飲みたいときは、茶筒に書かれている文字は、殆ど共通語で書かれているものは無いので、私にどれを飲んでいいか聞いてくださいね。とロザリアには普段から言ってあったからです。

夜桜を見るのを、ロザリアは指折り数えて楽しみにしていました。今夜の舞踏会よりもずっとです。ルヴァと二人きりで見るの、だってデートですもの。と言って、私も勿論、楽しみにしていたので、早く執務を終える予定でしたが、そういう時に限って間の悪い仕事が重なり、何とか終わらせて帰ってきたら、という訳です。

持ち出した茶筒の一つに『桜の迷路』がありました。桜の花が描いてあり、可愛い茶筒であったこともあるのでしょう。

クラヴィス、こんな話ですが、少しは参考になりましたでしょうか?二人を安全に戻す方法の。」

クラヴィスは水晶球を眺めながら経緯を聞き、水晶球の奥にキラキラと光る白く虹色に輝く花弁、又は鱗のようなものが、水晶球の中で舞い散るのを静かに眺めていた。



※後、二晩寝ると、ネオロマンスダンディズム2。とうとうごちゃ混ぜ神話まででっち上げました。誤字脱字も含めてご笑覧いただけると幸いです。