全身に戦慄が走ったせいで、括約筋が絞まり、雲古が切れた。

手の甲の震えが、甲を覆うヒトミの掌に伝わり、体を一回りするのに数泊分の時間を要してから、戻ってきた。 

震えの理由を伝えるために、かぶさっている掌を下から持ち上げて濃い黒の一つを指差した。

ヒトミを窺うと、その掌を持ち上げて、僕のとがった指を覗きこみ、それから不思議そうに僕を見返した。

あれだ、あの鳥の巣みたいな塊だ。

右手の人差し指で宙に円を描いてから突き刺すまねをしたら、ようやく目の焦点があったようだが、それがどうかしたのか、という表情を僕に見せた。

ヒトミが、僕の知らない機会に、赤ん坊ちまきを作るなり運ぶなりする手伝いをしたことがあるらしいと察せられた。

僕が奴隷だった頃の記憶によると、普通、死んだ赤ん坊は、土砂と一緒に側溝内を蹴られながら進み、崖下へ、あるいは蛇篭の向こうを流れる下水用の小川へ捨てられる。事情によっては木や竹の皮に包まれて抱えられたり引き摺られたりしていくが、捨てられる場所は同じだ。大人の場合と変わらない。

だが、包むだけではなく紐でちまきのように巻くことが稀にあった。異常児に対してだけはそうしていた。僕は包んだり運んだりしたことはない。坐りこんだ奴隷が赤ん坊を小突いてからスポンジを捨てる場面を見たことはある。

なぜ特にちまきにするのかはわからなかった。仲間の奴隷に訊いてみたが知っているらしい者はいなかった。そもそも彼らに、何? を伝えることは比較的容易だが、何故? を伝えることは、はなはだ難しい。

普通に捨てれば異常が再生すると恐れているから、と想像することはできる。簀巻きにして川へ沈める場合と同じく、ちまきにすることは共同体からの追放を意味するのだろうか。木に結わえると、森の者として、いや、木となって再生し、自分たちのところには帰ってこないと思っているのか。

だが、文化人類学の対象になるような、古代的で呪術めいた幻想を、施設内での近代的な教育環境の下で育った彼らが持っているとしたら、一種の退行に陥っていることになる。それなりに合理的な現体制にショートカットを辿って行き着いたように見えることと矛盾する。

短く、直線的で、幅広い理念の幹線道路と並行して、長く、こみいった、狭わいな現実の路を歩んできたせいだろうか。

その行程から、何ものかを感じとり、共同の心情を具現する習俗を急速に成立させたのだったなら話は別だ。

具体的な旅の行路は彼らと僕とでほぼ同じだったとしても、集団と個とでは、早い定着と遅れた闖入とでは、効果が異なるだろうから、それはありうる。

異常な生まれであるせいで遺棄された小さい者たちが僕を暗澹たる気分に引き込む。

異常や畸形を忌むのは、市民の純粋性志向と関連する。

市民は、奴隷はもちろん、ブラザーとも白っ子とも交雑しない。近親婚が進むと、遺伝子疾患が発現した子供が増える。閉鎖性を打破しない限り種としての衰退は避けられない。

純粋は、全会一致の原則とも関連する。

集団の判断には個別の例外がない。集団の運命についての原理的合意があるらしい。多数派と少数派が根回しと手打ちで下準備を済ませて意思決定の際には全会一致で決着をつけ同意した決定に従う、という在りようではない。

市民は本態的に一致している。ここ帝国では、問答無用、心情レベルでメンバーが同質化している。近代以降では不可能な原理主義的民主主義が実現している。

一般に、いさかいはあっても議論というものがない。 合意は神秘のテレパシーで達成されるかのようだ。これが共同体であるとして、強力であるとも儚いともとれる。

異常児をちまきにして木にくくりつけることも全会一致で決まっていることの一つなのだろう。皆が同意した習俗なのだろう。

ちまきにされた赤ん坊は死んだままで生まれたとは限らない。死産の方がむしろ少ないのではないか。

大人たちの都合で赤ん坊は殺された。泣き声が急にくぐもったことだろう。大した時間もかからずに絶えただろう。絶えさせたのは、あの濡れたスポンジに違いない。鼻と口をあれでふさぐ。

なすに任せない個々の状況では赤ん坊は言葉を持たないので泣くしかない。悲しくて泣くのではなく、要求し、怒っているのだ。

赤ん坊の本来の習性は、泣くことではなく笑うことだ。

未知への呼びかけや働きかけの一つ一つは、赤ん坊にとっては解放であり、未知からのそれらは快楽である。解放と快楽は赤ん坊をしょっちゅうくすぐり、笑いを誘う。

赤ん坊は意識も経験も持たない不完全な生き物などではない。出生段階ですら赤ん坊はすでに明瞭な意識を持ち、様々な経験を経てきている。それには証拠がある。

たまたま僕は母親の胎内にいたときのことをかすかに覚えている。

光が入らないはずだからあたりは真っ暗だろうと普通は思うだろうが、違う。

赤い。瞼を閉じていても透けて見える世界全体は、大火事のように赤いのだ。

体がだるく、眠くて眠くてたまらなかった。

複数の種類の話し声がよく聞こえた。なぜかは今でも不明だが、一般の雑音とは明らかに異なるのがわかった。

呼びかけもあった。特に、自分の声を聞く場合と同じく、内と外から同時に同じ声が聞こえる時があった。女の声だ。母だったはずだ。

それに答えるすべが無く、もどかしさに身をよじった。

歌が続いた。子守唄だったのだろう。

こんなことを覚えているのは、出産の直後に極めて大きなショックを受けたので、その前後の記憶が残ってしまったからだ。

空中に舞っているような感じでこの世界に飛び出した直後、僕は至近距離から何本もフラッシュを焚かれたのだ。

シャッター音から推してカメラで撮られたらしい。

頭の中が、ホントウニ、真っ白になった。

呼吸はまだ機能していなかったが、よくぞ心臓が止らなかったと思う。

若い女の声が、外からだけ聞こえた。母だ。

動いた? 動かない? 

胎内にいた時や出生の瞬間を覚えていると父に伝えたことがあった。父は初めて聞いたと言っていたので、父から聞いた話を自分の体験であるかのように錯覚していたのではないことがわかった。

ありうる、と父は答えた。父にもそれらしい記憶があるそうだ。

フラッシュの件はとぼけられた。

僕が真っ赤な世界が真っ白な世界に変わったことに仰天したのと同時期に、今周囲に散在する、残骸と化した赤ん坊達は、水を含んだスポンジで殺された。

周囲の物音の間隙から、死んだ赤ん坊たちの沈黙の泣き声が聞こえてきそうな気がする。

僕は愚かにも両手で耳をふさごうとしかけた。

降りかかった理不尽に怒り狂う泣き声は、頭の中で止まりそうにない。


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