近寄ると、玄関の左右に坐っているブラザーは、僕をホモ兄ちゃんと呼んだ者たちではなかった。どちらもやつらの父親の世代ほどの年配者だ。
羅城門を出てからホールを突っ切っている間、首を捻ってこちらを時々見ては、おしゃべりをし合っていたが、慎みに目覚めたかのように、もう見ない。
左側の男は、痩せた両脚を引き寄せ、顎を膝頭に載せていた。
広場に出る間際、物憂げに左腕を上げて、右のほうを指した。 
「コーテーは、あっちだ」
僕は指す方向を見なかった。人差し指と中指が欠けていたので、それに目が釘付けになってしまった。 
「おまえは、あっちだ」
右側に坐っている男が言った。一瞬迷ったが、おまえとはヘレンのことだと納得した。
門衛らは、僕が使い始めたモーゼとヘレンという呼称を、僕に対する反感からか、堂々と拒んでいる。拒む者がまだ彼らの背後にけっこうたくさんいるのだろう。
右の男は、片脚を投げ出し、両手を左右に垂らしたまま、顎で左を指していた。僕は、睨みつけないようにと配慮し、男の目を飛ばして、その汚らしい白癬頭を見た。男は、すぐさま顎を引き、頭を垂れ、左右にいやいやを繰り返しはじめた。なにがいやだ?
左側の男が通路の真ん中につばを吐いたので、右側によけ、脚を跨いで広場に出ようとすると、白癬掻きが残りの足を急に伸ばした。それは低く宙を飛んで、僕の足の甲を踵でひっかけようとした。僕は膝を瞬間的に腹にひきつけて跳び越さねばならなかった。
背後から慎みのない下司なくすくす笑いが聞こえてきた。
僕がこけたときのために準備されていた言葉が甲斐なく崩れてクスクスになったのだろう。もとの言葉の性質がわかろうというものだ。
跳び越した勢いのまま、誰もいない広場を右に向かって走った。胴乱の肩紐は、走ってもずり落ちない。
ヘレンの部屋で初めて担いだ時はずり落ちた。モーゼ自身も担ぐらしく、僕のケツに垂れるほどの大きな胴乱だった。両手を使いたかったので、木の皮をなめした紐を見つけ出し、両方の肩紐を胸の前に寄せてそれで縛った。作業に時間をとられ、遅れてしまった。
帝国内では早足で歩いたが走らなかった。緊急事態の際以外では成人市民は決して走らない。子供と急な命令で移動中の奴隷だけが走る。足の傷の影響を見ようとジョギングした時、なんでもないといくら抗弁しても随いて来る者がどんどん増えてしまったことを思い出す。
生ぬるい暖気の中には湿気た石灰の匂いがまだ立ち込めていた。踝に臭覚があるならば、着地するごとに小刻みに立ち上ってくる匂いも嗅げるだろう。微風に漂う鳥辺野の薄煙で目と鼻がかすかに沁みた。
上下に揺れる視野の左隅では、崖の縁で広場が切りとられ、左耳だけに聞こえる低いうめきをたてているジャングルが彼方まで延びているようだ。右側には、視野の三分の一を占めて、月と星の光を反射してきらめく岩壁が斜めに這い上がっている。そこに映る僕の影は、青黒くて、せいぜい半分の背の高さで、半歩先を、震えながら伴走していた。
この左右の開きの要の部分を奥に向かって走る。前方の、星空の欠如によって輪郭づけられた黒い森の入り口に、目の焦点を合わせようと努めながら。だが、注意力はなかなか収斂せず、後方でのさっきのことを気にしてしまう。あの笑いはどういう意味だったのだ? 
まさかとは思っても、彼らがいかにも放恣にスキャンダルを語りあっていたという妄想を禁じえなかった。一度湧いた妄想は、僕の走りなど追い越して一気に暴走する。妄想の妄想たる所以だ。
スキャンダルはたちまちモーゼの耳に届くだろう、モーゼは怒り心頭に達するだろう、僕とヘレンは捕らえられるだろう、野次、罵倒、嘲笑のうちに、市中引き廻しの上、蛇の頭蓋骨の上に重ねられ、モーゼ自らにより、折れよとばかりの大刀の一振りで、四つにぶった切られる。いやいや、モーゼはヘレンを殺しはしない。あいつがヘレンにぞっこんであるのはわかっている。密室で木のなめし皮などを振るいながら思う存分苛みはしようが。
Oh! My Gosh! 
しかし、僕がどうなろうと、本当のスキャンダルは、ゆっくりと、しかし、確実に進んでいくだろう。
本当のスキャンダルとは、記憶を取り戻した者が帝国に出現したということだ。
それを皮切りに、記憶の回復という、いわば対抗ウイルス、感染性ワクチンが、帝国に蔓延し、健忘症を駆逐する。黒船が泰平の眠りを覚ます。ヘレンを誘惑し、ベータを教育し、身内を固めることから始めて、僕の悪だくみが成就するのだ。
……興奮したせいで熱くなった頬や痒くなった耳が警戒信号を脳に送り、妄想画像が歪み千切れ、やっと我に還る。妄想は不安やおののきに姿を変え、減速して僕に合わせ、それなりの現実味を帯びる。
紺色の紗の掛かった風景の中に、小集団の後姿と思しきものが見えてきた。その中心にヘレンがいると思うだけで、物理的な引力を体が感じとり、前にのめる。
ヘレンの件では、いざとなったらモーゼと直談判も辞さないつもりだ。あるいは決闘か? ありうる。さすがに全身に震えが走った。そうなった時には、モーゼに、僕は本当は命知らずだ、気がつかなかったのか、とせいぜい嘯いてみせよう。すぐさまそんな虚勢はせせら笑われるだろうが。
ああ、また、妄想に襲われかけている。目下の問題に戻ろう。
いくら神経質に周りを警戒してもし過ぎることはないのにへレンのそばにいようとするわけは、コトが重大であるからだ。ヘレンは発狂しかねないのだ。
僕は戦勝祝賀会が続いた日々、ブラックアウトから回復しようと、二日酔いに悩まされながら、何度も想起を試みた体験を思いだす。
ヘレンは、数日まえまでの記憶しかなかった。それ以前の出来事については、ブラックアウト状態だった、ところが、回復が、自分では試みも望みもせずに、外圧によって訪れた。外圧とは僕のことだ。僕のはかりごとによって、水をぶっ掛けられたように覚醒させられたのだ。
僕とヘレンの状況は、ブラックアウトと回復に関する働きかけかたとしては、それぞれ、弱と強、強と弱、といった具合に正反対だ。僕は、稀で非日常的なブラックアウトに対して、それから回復しようと苦心惨憺したのに対し、ヘレンにおいては、強烈なブラックアウトが日常化しており、それを取り除こうとする働きかけは、発想だにしなかった。また、ブラックアウトと覚醒との落差を比較すれば、まったく比較にならないほどヘレンのほうが大きい。覚醒の際のダメージが甚大だということだ。僕の場合は、やっぱり馬鹿なことをしていたか、ほどの慙愧の念の確認で始末がつくが、ヘレンにとっては、精神の錯乱に陥りかねない事態だ。わずかの段差だったところが千尋の谷底に変化したのだから。高所恐怖症の僕など気絶してしまうだろう。
何とか類推を駆使して、ヘレンの精神状態に近づきたい。ヘレンを落ち着かせるためには、なんでもするつもりだ。ヘレンが、気丈につっぱっているのを思うたびに、泣きそうになる。どさくさにまぎれて確認するが、こういう女がやっぱり好きだ。そうだと分かっていたから、こんなことを僕は仕掛けた。
三名のトネリと四名の奴隷を前方に見分けられるようになった。奴隷はペアをなして駕篭者をつとめる。竹篭を蔦で棒に吊り下げて前後で肩に担ぐのだ。駕籠の向こうに一名、左右に一名ずつ、トネリがついている。メノトとヘレンのどちらが先行しているかは舁き手に隠れてわからない。観察していると、ゆるやかに揺れている二つの駕籠のうちの後ろのやつが、左に振れていったん最高地点で止った時に、赤ん坊の頭と白い肘が見えた。
右のほうへと上って行く道ではなく、まっすぐ森の中へ入って行く道をたどって行く。僕は普通に出す声が届く程度のところまで近づくと走るのを止め、歩きながら、はー、はーー、長々と息を吐いて整え、呼びかけた。
「タダヨシである。ちゅーぐー様に於かれては、少々体調を崩され、養生にいらっしゃることと相成った。ご命令により、療治のお手伝いと強力をつかまつる」 
緊張のあまり、奇怪な喋り方をしてしまった。どこやらサムライ風であるけれど、キミはサムライどころか家庭教師だろう? 殊に、である、は、失敗だった。男たちに舐められないようにと思っての空威張りであるのが見えみえだ。
しゃべり方とは別に、その内容に起因する、いやーな感じに襲われた。ヘレンは体調を崩した、僕は命令を受けた、と大義名分をでっち上げてしまった。生まれて初めて、公然と、嘘をついたのだ。いや、二回目か。モーゼに、鳥辺野で、戦争終結まぎわに嘘をついた。はっきり公然とだったかどうかはともかく、あの時もこんな感じがした。じゃあ、私的には? ヘレンに嘘をつかなかっただろうな? それはない。無意識では、とか、統一的な個はないのだからどこかで、とか言われると、答えようがないが。悪だくみを働いている最中ではあるけれど、それは嘘をついているのとは違う。
違うでしょう、見ているからわかるでしょう、お父さん? ……心配だ。応答がない。嘘をついてはいないが騙しているではないかとでも言いたいの、お父さん?
先を行く一行からも何ら応答がない。振り向きもせず歩み続けている。無言の批評だ。やっぱりドジったか。この沈黙からさらに何らかのヒントを得ようと様子を窺うのに精神を集中しすぎて、けつまずき、手を着きそうになった。道路で、でも、人生で、でも、よくけつまずく。
もっと近づいて、ヘレンに呼びかけよう。どんなせりふにしようか。 大丈夫、大丈夫、僕がいるから、大丈夫。わかる、わかる、心配ない。怖くない、怖くない、僕を見てみな、ほら平気だろうが。……こんな代物ではかえって頼りなさをアピールすることにならないか?
近づくには近づいた。一行の、腐植土を踏む音が聞こえるので、こちらの足音も向こうには聞こえているはずだが、依然として反応はない。
僕は、つい、「あのーぅ」、などと口走ってしまった。その後、言葉に詰まった。あまりの愚かしさに息を呑んだのだ。
後ろの駕籠が揺れの周期を乱し、これまでに比べると心もち大きめに動いた。こらえきれない、というふうに、ヘレンが高らかにヨーデルで噴いた。笑いはトネリと奴隷にたちまち伝染した。くっくっく、ふっふっふ、かっはっは。唯一声を上げなかったメノトは、上半身を右に突き出した。駕籠が傾いだままになった。首を捻ってこちらを見ようとしたが、デブなのでできない。
これらの笑いによって、いやーな感じは中和された。
男たちの笑いには、嘲笑のチャンスに恵まれた嬉しさが読み取れた。裏切り者であり成り上がり者である僕に対する反感はもっともなことだと承知しているので、意に介さないと言いたいところだが、別種のいやーな感じが沸き起こりそうなので、お互いのためにもこの状態が長く続かないようにしたいものだとは思った。
ヘレンの笑いは、男たちの夾雑物にまみれたそれとは比べものにならないほど高品質であったと思う。心の余裕を伝えてきた。大丈夫そうなのだ。精神の強靭さに感心した。現実の笑いも、終わった後に僕の脳の中で繰り返されるその木霊も、ヘレンを安堵させようとしていた僕を安堵させた。
記憶への順応は今のところ破綻なく進んでいる。では、ヘレンの内部で最終的に何が起きると僕は想定しているのか。
ヘレンは、過去を一望することによって自分が何者であるかを知るだろう。しかも、刻々彼方から押し寄せる何者かをもまた感知するだろう。確定しない存在のばらつき、決して後戻りしない存在可能性のゆらぎだ。このゆらぎが体現している、むしろ、このゆらぎこそが定義する時間というものをヘレンは発見する。大発見だ。そして、ごく自然に、今の自分のいる地点を蝶番にして、百八十度時間軸を反転するだろう。未来が見渡せる。そちらからもまたゆらぎが寄せてくる。
シュレーディンガー方程式を満たす波動関数が複素関数であるわけは、オイラーの公式を使って微分方程式におさまりやすいようにしたかったからだ。技術的な理由による。Φも、その複素共役も、現実には意味を持たない。ところが、拡散方程式を満たす密度関数と、その時間反転は、それぞれ過去からの情報と未来からの情報であり、確たる意味を持つ。それらの積が事象の存在確率を表す。過去という宿命と未来という運命が、現在を規定する。当たり前の話だ。過去未来両方向からのゆらぎの波がぶつかって出来る一瞬の白波が今この時なのだ。ヘレンも僕も、森羅万象と同じく、白波だ。
意識を持つ有限の個体にとって、この事態は悲劇だ。しかし、自然は例外を許さない。ヘレンはそれと知りつつそれを生きて行くことになる。
こんな波乱を認識せざるをえないようにした張本人である僕は、いくら謝っても謝り切れない。ところが、渇いた者への天上からの甘露のように、当のヘレンの言葉が、僕を慰める。
謝らなくていいの。とっても面白い体験だから。ずーっと向こうまで見渡せるのね。すごーい。私は、目が覚めて、喜んでんだからね。いろんな計画がむらむら沸いてきてるところなのっ! 
駕籠に乗っているヘレンの後姿に向かって語りかけそうになる。
僕の心配は取り越し苦労だったらしい、うれしいことだ、これから何度でも、僕を、ヨーデルで笑い飛ばしてかまわないよ。
だが、だらしない内容であると反省し、自分の立場、役割に関して、独善に陥っているという疑惑を抱いた。今までより五、六歩後ろに引き下がり、頭を冷やして黙ってついていくこととした。それで独善から逸れられるわけではないが。
愛情から独善を引いて残るものは、純度の上がった愛情だ。やっぱり愛しているという自覚。再帰的に、また引いて、また引いて、引きまくっても残って収束する愛情が極限の愛情だろう。その段階に至った愛情は、個と個との関係において成り立ちながらもエゴを持たないだろう。その再帰の道を、帝国市民の日常的繰返し=再帰を打破しようとしている僕がたどるとすると文字通り自己矛盾を惹き起こす。愛情だけは繰返しが育む、などと逃げ道を作ってはならないだろうし。
道の左右に石灰粉が円錐状に積まれている。小さなピラミッドが点々と連なって、森の道の両脇を画す。
左側に、削り取られて下部しか残っていない円錐を見つけた。よくぞ見つけたものだ。僕がつかみ取って右足の傷口にすり込んだやつだ。尻餅をついたらしきところを右足で踏んで通った。愚かしさや恥ずかしさの遺跡が日々増えていく。
一行は、小川を渡るのを避け、水飲み場の右側を辿る。時たま水辺を見れば、礼拝するように水を飲む者の黒い背中が疎に密にうち並ぶ。奴隷の群れ、市民のサークル。後頭部つきの背中が屈んでは立つさまは、切実な礼拝を思わせる。岩頭に胡坐をかく監視者は微動だにしない。眠っている可能性が高い。黒褐色の大仏様だ。その大仏様が、動き始めた。ゆっくり、ゆっくりと、傾いていく。池に落ちるかと思われたので、口笛を吹く。マイルスデイヴィスとトニーウイリアムスによるキリマンジャロの娘のテーマ。トランペットを口笛で、ドラムを喉で奏ると、聞こえたらしく、大仏様はしゃっきりした。それどころか、水辺に坐っているいくたりかの者達と一緒に振り向いた。僕は目を逸らして知らぬふりをする。
水溜りに足を浸からせ、雫で膝を濡らしながら熊笹を分け、対岸に至る。池を離れ、疎林の中の道に沿って、尾根を水平に二直角ほど回る。池をS字の下半分として反時計回りに巡り、尾根を上半分として時計回りに回ったことになる。
風が正面から吹いてきた。眼前に、初めて目にする光景が広がった。
氷河の痕と思しき巨大な峡谷が、山脈の中腹から斜めに湖へ向かって、反り返る空白の鯨のように横たわっていた。眼の高さから上、山の端に至る斜面には、葉を密生させた丈の低い広葉樹林が黒い帯をなしてまつわりついているが、眼の高さから下へと視線を移すに従って樹木の数が減っていき、こちら側にも向い側にもステップが広がっている。
風が草原を波打たせ、長々と伸びた波頭が、何本もの平行線となって斜面を駆け上り、我々に向かってやってきた。誰かがTSUNAMIと言った。第一波の襲来で、斜面を下りかけていた駕籠が停まり、揺れ、少し後ずさりした。風に揺れる草が足首を撫でただけなのに。再び進み、再び波頭とぶつかり、また停まった。その後三つの波頭を立ち止まったままやり過ごしてから、一行は動き始めた。
聴こえてくる鳥の声が、鳥辺野から湖へ広がるジャングルにすむ鳥の声とは異なる。わずかの標高差でも、棲み分けは徹底している。ここで聴かれるのは、短い周期で繰り返される鋭いソプラノだ。大型動物が住まない、あるいは、住めない所なのだろう。鳥たちは安心してステップや岩山を住処とし、眠る前に歌を歌う余裕をもてるようだ。
谷間の奥の突き当たり、鯨の肩甲骨辺りに、紺青の空と黒い林に囲まれて、昼間のままに白雲が置き忘れられていた。まさか。あわてて思い直し、あれこそまだ見ぬ雪というものか、と息を呑んで見つめるうちに、眼が遠くを見るのに慣れてきて、雲や雪の柔らかさは迷妄となって消え、頑丈な細部が現われた。何故すぐ気づかなかったのだろう。そこには、石灰岩の大岩壁が立ちはだかっていた。石灰岩そのものも、決して一様の白ではなく、窪みは紫と紺青に染まって背後の空が染み出しているかのようだが、凸部は突き出た高さに応じて白の度合いが相異なり、極端な場合は、先端が月光を反射してきらめいていた。石灰岩と月が交感する現場だ。だるま落としと見紛うほどに、ほぼ水平の断層面がいくつも走っている。輪切りにされた岩床は今にもそれぞれ独自に動きそうな危うさを孕んで僕を脅す。壁面にへばりついている者も断層面に沿って刻まれた道を歩む者もいない。耳を澄ましても、叩いたり砕いたりする音はしない。平時には、ここに用のある者はいない。
壁面を取り囲む林の黒から上へ抜ける空の紺青へと目を移せば、視野の下方には、焦点からずれてぼやけてしまった白い拡がりが、朦朧と立っているだけだ。形態は失せ、わずかばかりの色彩が、なけなしの妍を空と競い合っている。
そのうちにまた時が来て、槌音が一斉に谷間に轟き、このほぼ垂直である白は、滝のように滑り落ちて山道を駆け下り、市民たちの足や引き摺る荷物や死体で汚され泥まみれとなっていた下界に押し寄せ、広場を覆い、洞門に分け入り、毛細血管さながらの通りや小路に行き渡り、地下都市の路面を覆い尽くすだろう。
モーゼが、どこへ、なぜ、行くことになったのか、知りたくなってしまった。



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