その、最期の、時の時。
広島の原爆資料館に展示してあるいくつかの腕時計は、八時十五分ちょっと前、八時十五分ちょっと後を示す。
時計ではないが、最期を示す刻印がある。懇意にしていた一世代年上の外科医が高校生の私に教えてくれたエドガーアランポーの作品に、殺害された男の目の網膜に殺害者の映像が残っていたので、逮捕できたという話だ。
重症肺結核患者であった父は、肺の空洞に台所で使うスポンジを入れるというとんでもない手術を受けていた。取り換えるために、胸は開けっ放しだった。スポンジが移動し、気管をふさいだ。せき込む父は、死の瞬間の時刻を確認しようと腕時計を見た。スイス製の結構高級な時計だった。わに革のバンド。痙攣によって、なんと、それが切れたのだ。
目を大きく見開いたまま自らの最期の時の時を見て死んだその目の網膜には、何時何分と残っていたのか?
遺品のあの時計はどこに行ったかな。外科医は、父の主治医であった。