時は大正。

嵐が続いて、青函連絡船は欠航続きだ。

親友の、ほとんどレズ友の重ちゃんは、しょっちゅう函館港へ行っては、孝ちゃんに報告する。


足入れとは、あっけらかんに、よくも言ったものだ。下品だね。


昔、結婚前に、試しにしばらく同棲させて様子を見た。

たいていは、女が男の家に住まい、家事の出来を、男の両親から裁定された。


だが、男の足入れ野郎が、孝ちゃんの所に来ることとなった。


孝ちゃんの父親は大富豪。

日露漁業をとりしきる。

連年、北海道新聞の所得番付第1位を保持し続けている。

ロシアとの関係が深い。

そもそも、ロシア人と孝ちゃんの父親は、見分けがつかない。

総元締めの父親だけが真ん中で椅子に坐り、他の日本人、4,50人ほどが、左右に立っている写真がある。

父親は、ヨーロッパのどこかの出身の、活動写真の俳優のようである。目は灰色。

椅子に坐っているのに、頭の高さが、周りの者たちと同じだ。身長二メートルの大男である。

現在ケーブルカーのある斜面に、大御殿を構えていた。

家の中だけでの使用人が、私が調べた時の資料では47人。

ひな壇に使用人たちが乗って撮った集合写真がある。

ほかにも、やはり広大豪奢なの別宅が、東京の九段、靖国神社の隣にあった。九段のお屋敷と言われていた。

嵐が過ぎて、頭は丸坊主、顔面蒼白の若い男が、船酔いのせいで、ふらふらゆれながら、青函連絡船から降りてきた。

孝ちゃん、お坊さんだよ、孝ちゃん、あんた、お坊さんと結婚すんの?

いやだよね、ね、ね。一緒に逃げよ?

さあ、どうしよう。

孝ちゃん、その時、芳紀十九歳。

私の祖母だ。

ふらふら坊主は私の祖父だ。