筑肥線が廃止され、その跡はウォーキングコースとなった。
私は陸軍墓地(現在の谷公園)から平尾に向かって歩いた。昔は、梅光園への入り口を過ぎると、線路と、それに平行に走る赤土道の周りは、竹やぶと潅木が生い茂っていた。
平尾へカーブするあたりから、ピーッと警笛が聞こえ、もくもく煙を立てて機関車が出現するのはいつ見ても心躍る情景だった。
小一か二の頃。曲がり角の山側に、友達の家があり、その兄貴が机の引き出しからカブトムシを取り出して見せてくれた。私は弁舌を駆使して、私のノコギリクワガタと交換してもらった。
そのカーブには、マンションが建っていた。右手には、大きな通りの向こうにお地蔵様が並んでいた。五年生の時、愛する山内素子ちゃんを含めて数人と南動物園まで遠征に行った時、見かけたような気がする。そばによって由縁を読んだ。記憶がよみがえる。この裏山にも登った。
裏山のさらにむこうに、勝木という女の子の家があった。炭焼きの子だという噂があった。もんぺを穿き、半纏を着ていた。ある時、須賀という悪友と二人、彼女の所に遊びに行った。その子は、最初びっくりし、その後はニコニコ笑い続け、はしゃぐほどだったが、私たちがさよならといって帰りかけると、泣き喚いた。私たちがかなり離れても後ろから聞こえてきた。しばらくして転校していった。