最近ネットで見た話題。

どこかの小学生が書いた、児童文学「ごんぎつね」の感想文がその学校内で問題になり、
その子の家庭に連絡がいったとのこと。


そして問題の感想文を要約すると、

「やったことの報いは必ずうけるもの。ごんの反省は兵十が知らなきゃ意味がなく、ごんがこそこそと行っていた罪滅ぼしは身勝手で自己満足でしかない。撃たれて当たり前。」


というものらしい。


この感想文に対して、ネットの中でも色々と意見が分かれているよう。


ちなみにワタクシは断然この小学生派。
というか意見が分かれる意味が正直わからない。


兵十が、ごんが罪滅ぼしに食料を持ってきてることを知ってて撃ったのなら話は別だが、

ごんを撃った時点での兵十から見たごん像というのは

病気の母親に食べさせるためにとったうなぎを逃がされ、
母親はうなぎを食べられず病死。
憎んでも憎みきれないきつねだったのかもしれない。
そして、ごんが自分の家で何やらごそごそやっていたのも、
過去の体験とごんに対する憎しみもあり、
また悪さをしていると思うのも無理はない。

確かにごんもかわいそうに思う気持ちもあるが、それはきつねという設定によるものからきてるようにも思う。

この問題は「死刑制度は是か非か?」という問題に通じるような気がする。


俺が小学生だった時の教科書にもこの物語は載っていた。
が、俺はこの小学生のようにしっかりとした考えではなく、ただただ
悲しい物語だなーとしか思ってなかったと思う。

今この年になって読んでみて思うのはとてつもなく悲しい物語だな、ということ。

ごんはごんなりに葛藤した上での行動だったのだろう。
ただ、ごんには救いがあったなと思うのは、死の間際、食料を持ってきていたのは自分だったということを兵十に知ってもらえたことだ。

逆に兵十に救いがないなと思うのは。
ごんを撃ってから彼の罪滅ぼしの行動を知ったことだ。

自分の気持ちが相手に伝わって死んだごんに対し、
母親の仇の気持ちがあるとは言え、罪の償いとして自分の家に食料をもってきてくれていたごんを撃ち殺してしまい、行き場のない罪の意識を持ち続けて生きることになった兵十。


ごんよりも兵十がかわいそうと思うのはおかしいのだろうか。
ごんの結末は自業自得と言えないだろうか。言えると思う。
兵十の結末は自業自得だろうか。違うと思う。

果たしてこの小学生の感想文は、職員のあいだで物議を醸し、家庭に連絡する必要があるほど
邪悪な発想なのだろうか。
「この物語の感想はこうでなくちゃいけない」なんて、教育と言えるだろうか。
それは「洗脳」とか、「インプット」という類のものだと思う。


それにしても小学生でこの倫理観を持ち合わせてるのは・・・
素直にすごいなと思う反面
少々生き急ぎすぎなんじゃないかと心配になる。

この感想文に対して反対派の意見の中には見るに耐えないものがいっぱいあった。
「犯罪者予備軍」「精神病」

俺に言わせれば、それはお前らだ。
俺はこの小学生と同意見で、30過ぎてるが
犯罪者でもなければ精神病でもない。


素直な意見を書いただけなのに、学校から連絡がきたり、ネットで話題になったり、
今この小学生にはひとつの試練が訪れているのかもしれない。
小学生には荷が重いような試練が。

どうか、いい人たちと巡り合ってその考えを大切にしてほしい。
敵も多いだろうけど。
君の味方になってくれる人はきっと、たくさんいる。